二哥豊廟のある首都警察プラッププラーチャイ署4階屋上には、
廟と逆の北端に
こんな2つの祠もありました。
左が「プラプーム・チャイモンコンの祠」
右が「おじいさんの祠-おばあさんの祠」
おじいさんとおばあさんの謂れが気になりますね ^_^;)
祠の目の前から北側を見下ろすと、
こんな感じ。
外に出たらこの道を歩いて行こうかと。
では1階に戻りますか。
と歩き始めたところ、
ベンチにポツンと置かれたヘルメットが。
これまた気になってしまいました(笑)
そうそう、二哥豊廟の向かいには、
PLUBPLA GYM なるフィットネスジムがあるんですよ。
わざわざ英語での入会案内が掲示されているところを見ると、
誰でも入会手続きさえすれば利用できそうです。
営業時間は毎日17:00~21:00。
首都警察の警察官とお友達になれるかも~。
さっき見かけたエレベーターで1階まで下りました。
出てみてびっくり。
あれ、駐車場?
通路が入り組んでいて外に出るのに苦労してしまいました。
素直に上りと同じく階段を利用すればよかった。
ようやく外に出て、北へ向けて歩き始めると、
プラッププラーチャイ署北端に
ガネーシャ像発見。
書かれていることを読んでも警察署との関係などは
ちっとも分かりませんでした。ここにあるのがナゾですね。
その先にはなんと、
あの報徳善堂が!
本部ってプラッププラーチャイ署の隣にあったんですね。
場所はここです(グーグルマップ)。
前身のタイホンコン遺体収容団が発足したのは1909年。
その名のとおり、言語・民族に関係なく身寄りのない遺体を引き取り
確保した墓所に埋葬する慈善団体でした。
二哥豊廟ご本尊の二哥豊こと鄭智勇も発足に関わっています。
その後1937年に財団に改組して華僑報徳善堂という名称に。
その役割のメインは現在でも身寄りのない遺体の引き取り。
その他に災害・事故・貧困削減活動を行っているんだとか。
でも傍から見て感じるのは、交通事故が起きると
真っ先に駆けつけ現場を片付ける人達…
というイメージですよね。
あとフアチアオ病院(華僑病院)と
フアチアオ・チャルームプラキアット大学(華僑大学)も
報徳善堂傘下にあるのです。知らんかった!
ふと道路の反対側に目を向けると、
「レギュラーコーヒー」との看板が躍っています。
さらに「有珈琲拝二哥丰」との漢字書きも。
二哥豊廟にお供えしてあった「オーユア」(烏熱)という
中国式ホットコーヒーは、あそこで売ってるのか!
コーヒー・スタンドがありましたよ~。
生前の鄭智勇が愛飲してたんでしょうかね。
ご本人のブロマイド(?)まで売られています。
店番のお姉さんにちょっと聞いてみますか。
売っているのは、二哥豊廟にお供えするコーヒーだけですか?
「二哥豊廟用のコーヒーも飲用のコーヒーも売ってますよ」
ほぉ、面白そう。何か飲んでみよっかな。
しばし考え込んでいると、中国語で何やら尋ねてきました。
あ、いえ、私は日本人です ^_^;)
じゃあ、アイス・カフェラテください。
歩きながら熱中症予防のために飲むことに。
ごく普通の味でした(笑)
先へと歩き始めると左手に
大峯祖廟 とやらが。
どうも報徳善堂の施設のようなんですよね。
入ってみますか。
おぉぉ、思ったより立派ではないですか。
左手の棚には赤い色の線香がびっしり並んでいて、
参拝者がそこから手に取っていっています。
大峯祖廟の門を出ると、道の反対側の目の前にも
門に 華僑報徳善堂 と書かれた廟が。
この一帯、やたらパワースポットだらけですね。
ええい、あっちも見ておくか、
と中に入ると、
反対側とは打って変わってシンプル。
あれ、奥に座って祈りをささげている人達がいますよ。
祈っていたのは、この像にでした。
手前に 大峰祖師 と。
帰ってから調べたところ、この大峰(または大峯)という人物、
1582年に浙江省温州の裕福な家に生まれたのだそうで。
役人を務めた後、54歳で出家し福建省へ。
81歳で広東省潮州の寺へ。その地域は絶えず自然災害に見舞われ、
この方は進んで犠牲者の収容・埋葬作業をしたのだそうです。
さらに治療所設置、困窮者への食事提供、
地域住民や門徒を募っての慈善活動を行ったのでした。
また地域を流れる大河では渡し船の転覆事故で
よく死者が出ていたため私財を投げ打って橋を建設。
そして88歳で死去。
やっと分かりましたよ。
報徳善堂の前身、タイホンコン遺体収容団って
大峰公~なんですね。
現代でも潮州人から多大な尊敬を集めている方だそうです。
かつて海を渡ってタイへ来た潮州人で成功した人が、
大峰祖師と同じことをしようと考えて始めたのが、
今の報徳善堂だったということですか。
鄭智勇が橋やら学校やらの建設に資金提供したのも
大峰祖師の活動が頭にあったからに違いありませんね。
なんだか報徳善堂を見る目が変わりました ^^
<旅費交通費>
歩いただけなので:0バーツ
ここまでの合計:166バーツ
※旅は2015年7月22日(水)に行いました。
<参考>
華僑報徳善堂 "ประวัติหลวงปู่ไต้ฮง"
Wikipedia "มูลนิธิป่อเต็กตึ๊ง"
元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)
つづく
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◇ 初 級 ◇
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◇ 中 級 ◇
『中級タイ語総合読本』白水社
◇ 上 級 ◇
『タイ語上級講座 読解と作文』めこん
廟と逆の北端に
こんな2つの祠もありました。
左が「プラプーム・チャイモンコンの祠」
右が「おじいさんの祠-おばあさんの祠」
おじいさんとおばあさんの謂れが気になりますね ^_^;)
祠の目の前から北側を見下ろすと、
こんな感じ。
外に出たらこの道を歩いて行こうかと。
では1階に戻りますか。
と歩き始めたところ、
ベンチにポツンと置かれたヘルメットが。
これまた気になってしまいました(笑)
そうそう、二哥豊廟の向かいには、
PLUBPLA GYM なるフィットネスジムがあるんですよ。
わざわざ英語での入会案内が掲示されているところを見ると、
誰でも入会手続きさえすれば利用できそうです。
営業時間は毎日17:00~21:00。
首都警察の警察官とお友達になれるかも~。
さっき見かけたエレベーターで1階まで下りました。
出てみてびっくり。
あれ、駐車場?
通路が入り組んでいて外に出るのに苦労してしまいました。
素直に上りと同じく階段を利用すればよかった。
ようやく外に出て、北へ向けて歩き始めると、
プラッププラーチャイ署北端に
ガネーシャ像発見。
書かれていることを読んでも警察署との関係などは
ちっとも分かりませんでした。ここにあるのがナゾですね。
その先にはなんと、
あの報徳善堂が!
本部ってプラッププラーチャイ署の隣にあったんですね。
場所はここです(グーグルマップ)。
前身のタイホンコン遺体収容団が発足したのは1909年。
その名のとおり、言語・民族に関係なく身寄りのない遺体を引き取り
確保した墓所に埋葬する慈善団体でした。
二哥豊廟ご本尊の二哥豊こと鄭智勇も発足に関わっています。
その後1937年に財団に改組して華僑報徳善堂という名称に。
その役割のメインは現在でも身寄りのない遺体の引き取り。
その他に災害・事故・貧困削減活動を行っているんだとか。
でも傍から見て感じるのは、交通事故が起きると
真っ先に駆けつけ現場を片付ける人達…
というイメージですよね。
あとフアチアオ病院(華僑病院)と
フアチアオ・チャルームプラキアット大学(華僑大学)も
報徳善堂傘下にあるのです。知らんかった!
ふと道路の反対側に目を向けると、
「レギュラーコーヒー」との看板が躍っています。
さらに「有珈琲拝二哥丰」との漢字書きも。
二哥豊廟にお供えしてあった「オーユア」(烏熱)という
中国式ホットコーヒーは、あそこで売ってるのか!
コーヒー・スタンドがありましたよ~。
生前の鄭智勇が愛飲してたんでしょうかね。
ご本人のブロマイド(?)まで売られています。
店番のお姉さんにちょっと聞いてみますか。
売っているのは、二哥豊廟にお供えするコーヒーだけですか?
「二哥豊廟用のコーヒーも飲用のコーヒーも売ってますよ」
ほぉ、面白そう。何か飲んでみよっかな。
しばし考え込んでいると、中国語で何やら尋ねてきました。
あ、いえ、私は日本人です ^_^;)
じゃあ、アイス・カフェラテください。
歩きながら熱中症予防のために飲むことに。
ごく普通の味でした(笑)
先へと歩き始めると左手に
大峯祖廟 とやらが。
どうも報徳善堂の施設のようなんですよね。
入ってみますか。
おぉぉ、思ったより立派ではないですか。
左手の棚には赤い色の線香がびっしり並んでいて、
参拝者がそこから手に取っていっています。
大峯祖廟の門を出ると、道の反対側の目の前にも
門に 華僑報徳善堂 と書かれた廟が。
この一帯、やたらパワースポットだらけですね。
ええい、あっちも見ておくか、
と中に入ると、
反対側とは打って変わってシンプル。
あれ、奥に座って祈りをささげている人達がいますよ。
祈っていたのは、この像にでした。
手前に 大峰祖師 と。
帰ってから調べたところ、この大峰(または大峯)という人物、
1582年に浙江省温州の裕福な家に生まれたのだそうで。
役人を務めた後、54歳で出家し福建省へ。
81歳で広東省潮州の寺へ。その地域は絶えず自然災害に見舞われ、
この方は進んで犠牲者の収容・埋葬作業をしたのだそうです。
さらに治療所設置、困窮者への食事提供、
地域住民や門徒を募っての慈善活動を行ったのでした。
また地域を流れる大河では渡し船の転覆事故で
よく死者が出ていたため私財を投げ打って橋を建設。
そして88歳で死去。
やっと分かりましたよ。
報徳善堂の前身、タイホンコン遺体収容団って
大峰公~なんですね。
現代でも潮州人から多大な尊敬を集めている方だそうです。
かつて海を渡ってタイへ来た潮州人で成功した人が、
大峰祖師と同じことをしようと考えて始めたのが、
今の報徳善堂だったということですか。
鄭智勇が橋やら学校やらの建設に資金提供したのも
大峰祖師の活動が頭にあったからに違いありませんね。
なんだか報徳善堂を見る目が変わりました ^^
<旅費交通費>
歩いただけなので:0バーツ
ここまでの合計:166バーツ
※旅は2015年7月22日(水)に行いました。
<参考>
華僑報徳善堂 "ประวัติหลวงปู่ไต้ฮง"
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元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)
つづく
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◇ 初 級 ◇
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◇ 中 級 ◇
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◇ 上 級 ◇
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