タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~

タイ・バンコクや近県をバス、ソンテオなどの公共交通機関だけで日帰り旅をした様子を綴る旅行記です。
タイ料理屋台から水上マーケット、百年市場、日本の残した足跡まで無鉄砲に飛び回っています。 ※楽天ブログ『タイとタイ語に魅せられて』の1日旅の記事だけを抜粋しました。

2014年11月

ヘルファイア・パス両側の線路跡は? 泰緬鉄道跡を再び辿る旅[17]

ヘルファイア・パスの切り通しから先の泰緬鉄道線路跡を
さらにカンチャナブリー方面へ向けて歩いていきます。


17_01


この辺りでは砂利の姿が消え、枕木のみが残っていますね。

切り通しから9分経過。
先のほうで木立がなくなり明るくなっているなと思ったら、


17_02


ありゃ。
舗装道路に出ちゃいました。

この道路建設で線路跡が破壊されてしまったのか。
うーむ、残念。

でも道路の先には残っているはず。
そう思い、舗装道路を登りながら右手の茂みの中を覗き込みます。


左カーブのところで下に平坦な部分を発見。


17_03


分け入ってみましょう。


17_04


線路跡なのか違うのか、判断がつきませんねぇ。

もう少し先に進めばはっきりするのかもしれませんが、
茂みに阻まれてこれ以上の前進は無理。


タイ国内の泰緬鉄道線路跡を全線辿ってみたいなどと漠然と夢見ていましたが
こういう光景を見ると現実的には不可能だと思い知らされますね。
サンクラブリーだって茂みに遮られて先へ進めませんでしたし。

つい最近、イギリス人男性2人が募金活動のため泰緬鉄道跡を
スリー・パゴダ・パスからカンチャナブリーの連合国軍共同墓地まで280km
歩いたというニュース(『タイラット』2014年11月6日付け)があり驚きましたが、
よくよく記事を読んでみると、国道323号線を歩いただけのようです。

やっぱり無理なんでしょうね。


諦めて戻るとしますか。

歩いて来た線路跡を逆に辿り、


17_05


ヘルファイア・パスも逆方向から通り過ぎます。

そう言えばこの切り通しを含めたヘルファイア・パス・メモリアル・ミュージアム
旅行クチコミサイト「TripAdvisor」によってタイ国内のベスト・ミュージアムに
選ばれたんだとか。(『TAT News』2014年9月29日付け


そんなヘルファイア・パスを抜けた真正面にこんな碑が。


17_06


BURMA -THAILAND RAILWAY
       1942-1945
   IN REMEMBRANCE OF
ALL THOSE WHO SUFFERED
   AND ALL WHO DIED

とあります。タイ語でも同じ内容が。

私が気になるのは、碑の背後なのです。

この先、ビルマ方面にも泰緬鉄道の線路は伸びていたはず。
あっちにも跡は残っているのでしょうか?

行ってみましょう!


ちょっとした谷間になっている先まで行って振り返るとこんな感じ。


17_07


中央奥がヘルファイア・パス
その手前にさっきの碑の裏側が見えてますね。

崖の石積みは、ヘルファイア・パスを掘削した際に出た石を
積み上げたものなのかも。これまた大変な作業だったことでしょう。

ここにはタム・クラセー桟道橋のような木橋が架けられていたのかな?


先のビルマ方面はというと、


17_08


こっちにも枕木が残っているではないですか。

さらに歩いていくと、


17_09


WALKING TRAIL →

との看板が。

あ、そう言えばミュージアムで貰ったパンフレット
トレイル・コースがなんとかと書いてあったな。

取り出してみると、この先4km地点まで線路跡が遊歩道として
整備されているようです。
でも終点手前の「コンプレッサー・カッティング」までで往復3時間とは。

現在時刻は10:57。時間的には行けなくはないけど、
水や食べ物を持参してないのでちょっと心配なんですよね。

ちょこっと先に進んでみたのですが、


17_10


遊歩道が崖下に続いているのを見て、
きっとこの先もアップダウンが激しいんだろうなと思ったら
行く気が完全に萎えてしまいました。軟弱ですみません -_-;)

でもこの先もパンフレットによれば、7メートルの土手、三層構脚橋(って何?)、
ヒントックの切り通し、ダブルトラック(引き込み線?)、ヒントック駅、
バックオブカード橋跡地、コンプレッサーの切り通しといった見どころが
あるそうなので ぜひいつか再チャレンジしたいですね。


さあ、帰るとしますか。




<旅費交通費>
歩いただけなので:0バーツ
ここまでの合計:1,664バーツ

※旅は2014年5月12日(月)~13日(火)に行いました。

元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)


つづく

カンチャナブリー2

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ヘルファイア・パス 泰緬鉄道跡を再び辿る旅[16]

涼も取れたのでいよいよヘルファイア・パスへ向かうことにして、
ヘルファイア・パス・メモリアル・ミュージアム
(HELLFIRE PASS MEMORIAL MUSEUM)の横から
裏手へと下る遊歩道を進むと、


16_01


こんなところに出ました。

ここで道が左右に分かれています。
左はここと同じく木の板張りの立派な遊歩道。
右はコンクリートの細い道。

うむむ。どっちだ?

あんな険しいところまで板張りの遊歩道が続いているわけないよな。
きっと展望台か何かへ出る道なんじゃないか?

と判断し、「HELLFIRE PASS」との看板が立っていたこともあり、
右のコンクリートの歩道を歩いていくことにしました。

この選択が大きな間違いであることをこの時は知る由もなく… -_-;)


16_02


歩いていくと「HELLFIRE PASS→」との看板が再び出現。

やっぱりこっちで正しかったんだー。 と安心したのも束の間。


16_03


うげげっ、この長い階段を登らなきゃならないの!?

息を切らせて登り切ると先には、


16_04


急な下りが待ち受けていたのでありました。

そしてまた登って、下って…。

まったくもって登山のレベル。
高尾山よりハードですよ(>_<)


出発して10分、またまた急で長い階段を下りた先に何かありますよ。


16_05


展望台だ!

乗って見下ろすと…、


16_06


おおぉーーー!!
ヘルファイア・パスが眼下に!

最後の階段を駆け下りると、


16_07


ヘルファイア・パスの入口に出ることができました。
ちなみに下って来た階段が左端に見えています。

ここは泰緬鉄道の線路を通すために岩山を削った場所。

作業にはシンガポールなどで捕虜となった連合国軍兵士や
雇われた近隣国の労働者(当時は労務者と呼ばれていましたが)が従事しました。

過酷な労働と環境で多数の死者を出した場所です。
壁面には犠牲者を悼むプレートや十字架が掲げられていたり。


ここがなぜヘルファイア・パス(HELLFIRE PASS)、
訳せば「地獄火の切り通し」と呼ばれているかと言うと、
ミュージアムのパンフレットによれば、「痩せ衰えた労働者を照らし出して
ゆらめくたき火の明かりにちなんで名付けられ」たのだそうです。

その光景が映画『レイルウェイ 運命の旅路』でよく再現されています。
リンク先の予告編でも一瞬ながら登場しますのでぜひ見てみてください。
37秒あたりです。

ここは「コンユウの切り通し」とも呼ばれているんですが、
このタイ語っぽくない名称の由来は何なんでしょうね。


ではヘルファイア・パスを歩いてみますか。


16_08


お、枕木がところどころ残っているではないですか。
でも砂利は新たに敷き直したもののようで。

中央に針のような細い木が一本すっと立っています。

切り通しは高いところで11m。

作業は雨季に重なったためコレラの蔓延で多くの死者が出たそうですが、
デング熱やマラリアも流行ったんでしょうね。
さっき展望台から見下ろして撮影している時、
気が付くと無数の蚊が私にまとわりついてきていましたから。

ここを訪れるなら蚊除けスプレー必携です。


切り通しの出口付近まで来て振り返ると、


16_09


ここにだけ線路が残されていました。

顔を近づけてまじまじと見ると、

BARROW STEEL

との刻印が。イギリス製ですね。
マレーかビルマの鉄道からはがされて転用されたものでしょう。


ふと顔を上げると十人ほどの欧米人グループから
視線を注がれているではないですか。

「あなたが去るのを待ってるんですよ」

笑顔のタイ人男性ガイドさんが英語で声をかけてきました。

あ、そうか。みんな写真を撮りたくて待っていたんですね。
どうもすみません ^_^;)

Sorry sorryと駆け足で場所を譲ると、
みなさんににこにこ顔。軽く声をかけてくれる年配の女性も。

英語が苦手で気の利いた返事ができないのが悔しいったらありゃしませんよ。


16_10


オーストラリアからの団体さんのようです。
年配の方も数人いたんですが、よくあの道を歩いて来られたもんですね。


線路跡はカンチャナブリー方面へまだ続いています。


16_11


朽ちかけた枕木がところどころに。


短い木橋を渡った先には、


16_12


あっ・・・。

全て謎が解けたぞ。

分かれ道を左へ行っていれば難なくここに出て来れたんだな。
さっきのオーストラリア人団体さんもここを下りてきたのか。

きっと私の選んだ道は当初設けられたルートで、
その後楽なこっちの新ルートが整備されたということなんでしょう。

要らぬ苦労をしてしまった… -_-;)

大いに凹みつつ、さらに行けるところまで線路跡を辿ります。





<旅費交通費>
歩いただけなので:0バーツ
ここまでの合計:1,664バーツ

※旅は2014年5月12日(月)~13日(火)に行いました。

元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)


つづく

カンチャナブリー2

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ヘルファイア・パス・メモリアル・ミュージアム 泰緬鉄道跡を再び辿る旅[15]

ヘルファイア・パス・メモリアル・ミュージアム
(HELLFIRE PASS MEMORIAL MUSEUM)
に到着です。時刻は、09:47。

開発軍司令部開発軍局農業・協同組合部隊の入口から歩いて9分でした。


15_01


ヘルファイア・パス・メモリアル・ミュージアムは、
オーストラリア退役軍人省が運営する泰緬鉄道建設に関する
資料展示をおこなう施設です。 入ってみましょう。

入口で靴を脱ぐのがタイ・スタイルですね。


15_02


エアコンの効いた快適な館内は、すぐの左手に受付が。

入館料は無料の上、英語、オランダ語、タイ語、日本語のパンフレットを
無料配布しています。 日本語のを一部頂きますか。

ちなみに上記豪退役軍人省サイトから同じものをPDFで入手できますよ。


順路に沿って歩いていきます。


15_03


パネル展示があったり、


15_04


ヘルファイア・パス周辺のジオラマがあったり、


15_05


泰緬鉄道建設で当時使われていた道具が展示されています。


15_06


奥にはミニシアターあり、ドキュメンタリー映画を上映中。


15_07


この写真の説明には、「1943年、タイ・コンコイターを通過する一番列車」と。

コンコイター
サンクラブリーにあったニーケ駅から
カンチャナブリー側へ19kmほどのところにあった駅です。
サンクラブリートーンパープームの中間地点あたりですね。

タイ側とビルマ側双方から建設が進められた泰緬鉄道は、
コンコイターで繋がったため、43年10月25日にそこで開通式が催されたんです。
その時の様子でしょう。

それよりも写真に写っている蒸気機関車C56 31号機は、
現存しているんですよ。それも日本で見ることができるんです。

場所は、東京九段の靖国神社内にある遊就館


15_08
      (2012年1月撮影)

1979年に現在大井川鉄道で現役活躍中のC56 44号機とともに
タイから里帰りを果たしたんです。


話をヘルファイア・パス・メモリアル・ミュージアムに戻しましょう。


15_09


これは1945年、ビルマ国内泰緬鉄道終点のタンビュザヤ付近で
空爆を受けた線路とのこと。
爆撃を受ける度に修復していたんですから気が遠くなる作業ですね。


展示を一とおり淡々と見て回って来ましたが、
お客さんは欧米人9割、タイ人1割といったところ。
日本人は見かけませんでした。


15_10


裏手には展望台が。

あの先の鬱蒼としたジャングルの中に、
ヘルファイア・パスがあるはずです。

いよいよ向かってみますか。

でもその前にトイレを拝借 ^_^;)
出てくると受付横にグッズ販売コーナーがあるのに気付きました。


15_11


ロゴ入りシャツ&キャップや泰緬鉄道に関する英語書籍、
ポストカードなどが売られています。

そもそもなぜタイ国内でオーストラリア政府がミュージアムを
運営しているかというと、戦争捕虜として日本軍により泰緬鉄道建設に
従事させられた元オーストラリア軍兵士が、40年後にタイを再訪し
ジャングルに埋もれたヘルファイア・パスを探し出したことが発端。

オーストラリア政府に対してこれを史跡として保存するよう提案したのが
受け容れられ、1987年に正式開館。
現在のミュージアムは1998年4月にできたのだそうです。


募金箱があったのでパンフレットを頂いたこともあり、
僅かながら入れておきました。

サンダルを履き直し、建物横から裏手に下る遊歩道へと。


15_12


いざ、ヘルファイア・パスへ!

時刻は、10:12。





<旅費交通費>
歩いただけなので:0バーツ
ここまでの合計:1,664バーツ

※旅は2014年5月12日(月)~13日(火)に行いました。
 
元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)


つづく


カンチャナブリー2

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