タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~

タイ・バンコクや近県をバス、ソンテオなどの公共交通機関だけで日帰り旅をした様子を綴る旅行記です。
タイ料理屋台から水上マーケット、百年市場、日本の残した足跡まで無鉄砲に飛び回っています。 ※楽天ブログ『タイとタイ語に魅せられて』の1日旅の記事だけを抜粋しました。

蒸気機関車

チュラロンコン橋 ラーチャブリーと水瓶の旅[1]

ラーチャブリーへの旅はこれで何回目になるんでしょう?
なぜかこの町に惹かれるんですよね。

今回はラーチャブリー出身の知り合いのタイ人から
興味深いラーチャブリー土産の情報を得たので、
いっちょ買いに行ってみるかと旅立ったのでした。

日程は、2016年5月28日(土)。

おっと、ラーチャブリー県の位置をグーグルマップの地図を拝借して
示しておきましょう。


ラーチャブリー

バンコクの西方、ミャンマーと国境を接したところに
ラーチャブリー県はあります。
中心部は地図中「ラチャブリー」の「ャ」と「ブ」の字の間辺り。


ではまずはロッ・トゥーに乗りに戦勝記念塔近く、
センチュリーというショッピングセンター北側にあった
ロッ・トゥー乗り場へ向かいます。

実は軍政の方針で、2016年10月25日から主要ロッ・トゥー乗り場が
行先方面別にモーチット、南、エカマイの3バスターミナルに
強制移転させられてしまったんですよ。

私はこの目でまだ確認していないんですが、
戦勝記念塔周辺やこのセンチュリー界隈にあったロッ・トゥー乗り場も
ことごとく今は消え去って、いずれかのバスターミナルに移ったようです。

ラーチャブリー行きは、南バスターミナルに集約させられたみたいですね。


01_01


というわけで、これはありし日のセンチュリー北側ロッ・トゥー乗り場の光景。

乗り込んだらほどなくで出発です。
時刻は07:02。


順調に国道4号線をかっ飛ばしたロッ・トゥーが


01_02


メークローン川
を渡ったら、そこはもうラーチャブリー中心部です。


01_03


他の乗客とともに橋を渡った先で下車しました。
時刻は、08:33。

この進行方向左手は土手になっていて、
上に国鉄南線が走っているんです。

来た方向に振り返って見ると、


01_04


こんな感じ。 ちょうど駅があります。
ちょっと上ってみますか。


01_05


ここは、チュラロンコン橋駅

メークローン川
に架かる鉄道橋の名が駅名になっています。
んじゃ、向こうに見えるその橋に向かいますか。

ホームの端を下りてさらに進むと左手に何やらありましたよ。
振り返ると、


01_06


でっかい水瓶(みずがめ)!

ラーチャブリー
は、かつて水瓶の一大産地で重要な輸出産品だったんです。
それで町の入口にモニュメントとして飾ってあるんですね。
水瓶については、また何回か後に触れることにします。


で、その先に目的の…


01_07


チュラロンコン橋が!

立派な鉄橋ですね。
カンチャナブリーの「戦場にかける橋」ことクウェー川鉄橋
日本軍の呼称だと「メクロン鉄道橋」をなんとなく連想させる姿ではないですか。

ちなみにこのメークローン川を遡上していくとカンチャナブリーで
クウェーヤイ川と名が変わるので、2つの橋は同じ川に架かってるんです。

このチュラロンコン橋は、タイ国鉄南線開通に合わせて
鉄道・自動車兼用橋として建設され、1901年に時の国王ラマ5世、
別名チュラロンコン大王が立ち会われて開通式が執り行われました。

橋の名もラマ5世による命名です。

当時の橋の様子はここの3枚目の写真で確認できますよ。


01_08


「BUILT. 1901」の字が読めますね。
その右には改修年の「仏暦2503年」(西暦1960年)の文字もあります。

太平洋戦争中には日本軍がマレーからの人員物資輸送に国鉄南線を使ったため、
この橋は、連合国軍の爆撃にさらされたのだそうです。

しかし何度爆撃しても爆弾が当たらなかったのが、連合国軍は1945年2月11日夜、
鎖でつないだ時限式爆弾を投下して橋に絡ませることに成功。
翌12日朝6時30分、時限式爆弾が爆発して橋は落ちてしまったのでした。

以後日本軍はチュラロンコン橋駅辺りで貨車から積み荷を降ろして渡し船に載せ、
川を運搬して対岸から再び貨車に載せて運ぶという不便を強いられたのだそうで。

戦後、インド軍指揮のもと、抑留日本軍を使役して橋の再建工事が
昼夜問わず行われ、工期2か月で1945年10月20日に開通しました。

その後、1960年に改修工事が行われ、翌61年に改修完工式が開催されています。
橋にある「仏暦2503年」の文字はそれを表しているんですね。

1960年のは「改修」ですので、今の姿は日本軍の手で建設されたもの
といっていいでしょう。現在は鉄道専用橋です。


01_09


あっ、ちょうどバンコク方面行列車がチュラロンコン橋駅に停車しましたよ。

そして、


01_10


チュラロンコン橋を渡って行きます。


01_11


日本軍の手による鉄橋が今も現役で活躍しているとは、
なんだか胸が熱くなります。


01_12

鉄橋のわきにある歩道で対岸へ渡ることにします。
中央には釣り人の姿が。

帰ってから調べていて知ったんですが、この橋の真下、
メークローン川の川底に、なんと蒸気機関車が沈んでいるんだそうですよ。
1992年に偶然発見されたのだそうで。

その知らせにラーチャブリー県では、歴史のシンボルとして観光に利用しようと
蒸気機関車の引き揚げを何度も計画したのですが、予算の問題などで
未だに実施されていません。

肝心の蒸気機関車の型ですが、水中の視界が悪く写真撮影が困難なために
これまた未だに特定できていないようです。
ただ、日本製C56かイギリスのKITSON/NORTH BRITISH社製P-CLASSでは
ないかと 推定されているようで。

日本のどこかのTV局さん、代わりに引き揚げて番組にしませんか~?


01_13


そんな太平洋戦争の残滓を感じるチュラロンコン橋を渡り切り、
振り向いてみます。

右に架かる自動車橋は「タナラット橋」。
ロッ・トゥーでさっき渡ったのはあっちの橋です。

さて、これから軍の基地に入ってみますよー。
かなりドキドキですが。




<旅費交通費>
ロッ・トゥー:100バーツ
ここまでの合計:100バーツ

※旅は2016年5月28日(土)に行いました。

<参考>
ราชบุรีศึกษา "ความพยายามในการกู้หัวรถจักร ใต้สะพานจุฬาลงกรณ์"
ราชบุรีศึกษา "สะพานจุฬาลงกรณ์ กับ ประวัติศาสตร์ที่สาปสูญ"
ราชบุรีวาไรตี้ "ภาพประวัติศาสตร์ เปิดสะพานจุฬาลงกรณ์"

元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)


つづく

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ワット・プラシーラッタナ・マハータート ロッブリー日帰り旅[5]

なかなか充実していたプラナーラーイ宮殿(ナーラーイ王国立博物館)を出て、
目の前一帯の商店街を歩いてみました。

でも、目ぼしい店は一つも無く… -_-;)

いったん宮殿正門前に戻って白壁沿いに南へと歩きはじめると、
東のほうに建物越しに仏塔遺跡が聳えているのが見えるではないですか。

よし、あれを目指して歩いていくとしましょう。
路地に入り東へ進んでいくと、


05_01


おぉ、ここだな。

角の食堂が流す大音響の音楽にゲンナリしながら
敷地に足を踏み入れます。


05_02


見えていたのはあの仏塔だ。

ここは、ワット・プラシーラッタナ・マハータート(วัดพระศรีรัตนมหาธาตุ)
という、かつてのロッブリーのメイン寺院として建てられたものだと、
案内板の説明にあります。


05_03


200m四方の広大な敷地内に壁に囲まれて、
様々な時代の建造物が30あまり建ち並んでいる景色は壮観。
12~13世紀初頭からアユタヤ時代、
そして19世紀のラマ4世期までのものがあるんだそうで。


05_04


この最も高い仏塔(主仏塔)は、12~13世紀初頭のもの。
クメール様式の影響を受けつつもアユタヤ初期につながる
新たな様式が見られるのだとか。

つまり、タイ様式が見て取れる現存最古の仏塔なんだそうです。

そんな仏塔に奇しくも出会えるとは!

ちなみに右に見える建物は、17世紀にナーラーイ王が建てた仏堂跡。

こんな立派で広大な遺跡なのに、見学者は、私一人だけ。
ありがとうございます。贅沢なひと時を過ごせました ^_^;)


外へ出て敷地沿いに東側へ回ると、


05_05


どうやらこっちが正しい入口のようですね。

ナーラーイ王が建てた仏堂跡の背後に、あの仏塔が見えています。

で、この反対側はというと、


05_06


ロッブリー駅なのでありました。

駅のホームにある遺跡模型の背後に見えた仏塔は、
あの主仏塔だったのか。

駅舎がプラプラーン・サームヨートを模してあるのがいいですね ^^


駅舎に向かって右手には、


05_07


蒸気機関車が佇んでいました。
残念ながら日本製ではなく、イギリス製なんですけどね。

おや、蒸気機関車の後ろにもなにやら遺跡があるではないですか。
向かおうとすると、


05_08


左手にホームに隣接した食堂発見。

ちょうどお昼時なので、軽く腹に流し込んでおきましょう。
実は歩いているうちにちょっと頭痛がするようになったので、
休憩もしたかったんですよね。

時刻は、12:55。


05_09


ありきたりですが、ガパオ(挽肉のバジル炒めご飯)を(笑)

一服しがてら、せっかく来たのだからガパオで済ますんじゃなくて、
ロッブリーの美味しい店でも食べようとiPhoneで検索。

見つけました。ちょっと遠いけどなんとかなるかな。
その前にもう一か所だけ見ておきたいところが。

向かおうと店を出たところで列車が到着したので
引き寄せられるようにホームへ。


05_11


バンコクのフアランポーン駅10:50発の列車かな?

ちなみにさっき目指しかけた遺跡は、


05_10


こんな感じでホームからも見えました。

17世紀のナーラーイ王時代に建てられた寺院で
ワット・バンダイヒン(วัดบันไดหิน)と案内板にあります。

訳せば「石階段寺」。
きっと元の名が不明なんでしょう ^_^;)





<旅費交通費>
歩いただけなので:0バーツ
ここまでの合計:50バーツ

※旅は2014年6月19日(木)に行いました。

元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)


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ワットプラシーラッタナマハータート

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ナムトック・サイヨークノーイのC56蒸気機関車 泰緬鉄道跡を再び辿る旅[2]

モーチット・バスターミナルを06:02に発車した
スリー・パゴダ・パス行きバス車内では、30分ほどして食事が配られました。

まずカンチャナブリー下車の乗客に水が、そしてそれ以遠の乗客には、


02_01


菓子パンの弁当+水が配布。

私の座席に座っている欧米人男性はカンチャナブリーで降りることが判明しました。
カンチャナブリーは欧米人観光客率が高いなと思っていたんですが、
やはり人気の観光地なんですね。

07:28、カンペンセーンで2人下車。代わりに4人が乗車しすぐ発車。
さらに07:34、カンペンセーン病院前でも2人乗車。

それ以降は新たなお客さんが乗って来ることはありませんでした。


モーチット
から2時間半ほどでカンチャナブリー・バスターミナルに到着です。


02_02


時刻は、08:34。

欧米人男性が案の定席を立ったので、目を合わせてニコッと挨拶を交わした後、
本来の私の席へと移動したのでした ^_^;)

08:39出発。


02_03


カンチャナブリー・バスターミナルを後にします。


9時過ぎに石黒賢さん似の男性車掌さんが後ろの乗客から
順に声をかけて何かを尋ねています。聞き耳を立てていると、
どうやら昼食休憩での食事の希望のようで。

そうなんです。このバスは国鉄西線ナムトック線)の
ナムトック・サイヨークノーイ駅前で一旦停車し、昼食休憩があるのです。

車掌さんが私のところに来て「カーオパット?」(チャーハン)と。

え、選択肢無しなの?と思いつつも、はいと返答します。


02_04


ここでやはりチケットの下部を切り取っていきました。

前の席でも尋ねているのを何とはなしに聞いていたら、
「パットガパオ(ガパオライス)とカーオパットがあります」と言っているじゃないですか!

パットガパオが良かったなー (T_T)


そしてその昼食休憩の地、ナムトック・サイヨークノーイのレストランに
横付けされました。 時刻は、09:41。

「食事休憩は20分です」と車掌さん。

みんなぞろぞろ降りていきます。


02_05


レーヌー」(เรณู)という名の、かなり広いお店でした。


02_06


私もみんなに続いて入店します。

すぐのところに、パットガパオとカーオパットがそれぞれ並んだ木製大テーブルが。


02_07


私はこっち。カーオパット ^_^;)

味はなかなかでしたよ。でももう少しパサパサに炒めるとより美味しいと思います。


02_08


店正面に停車したバスが走り去っていきました。
また時間になったら戻って来るんですね。

私はカーオパットを大急ぎで平らげ、店外へ。
なぜかって? 食事休憩は20分。この間にぜひとも見たいものがあるんです。

それは、ナムトック・サイヨークノーイ駅に静態保存されている
かつて泰緬鉄道を走っていた日本製蒸気機関車C56。

まさかこんなかたちで見られるチャンスが訪れようとは!


02_09


時刻は09:49。休憩は10時ちょうどぐらいまでのはずです。
通りの反対側の斜面上に見えるナムトック・サイヨークーイ駅までダッシュ!


02_10


階段を駆け上がります。


02_11


ナムトック・サイヨークノーイ
NAM TOK SAI YOK NOI

との駅名看板が。

ここまで来るのは週末運行の特別列車のみ。
通常の列車は一つ手前のナムトック駅止まりなんですよ。

やっと来れたー!

ところで奥にもう炭水車が見えているではないですか!
さらにダッシュで前方に回り込みます。


02_12


C56にようやくご対面。
時刻は、09:50。

もう今回の旅の達成感十分です ^_^;)




<旅費交通費>
バスに乗っていただけなので:0バーツ
ここまでの合計:329バーツ

※旅は2014年5月12日(月)に行いました。

元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)


つづく


カンチャナブリー


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カンチャナブリーの奥へ[1]

旧泰緬鉄道、現国鉄西線(ナムトック線)に乗車した
遅ればせながらの泰緬鉄道」の旅を3月31日にした翌日、
私は再びカンチャナブリーへ向かったのでした。

旅の目的は、引き続き泰麺鉄道関係の史跡を訪れつつ、
カンチャナブリー県北西部までも足を延ばしてみること。

さすがに日帰りは無理そう。
最低でも1泊、長くて2泊の予定です。


2014年4月1日(火)早朝、今回も戦勝記念塔へ。

前回と同じ北西ゾーンのカンチャナブリー行きロッ・トゥー乗り場へ行くと、
「次の便は7時半発」とのこと。

1時間近く待つのは勿体無いので、違う業者の便を探すことに。

Century The Movie Plaza
へ向かって歩いていると
その手前にロッ・トゥーのターミナルを発見。

こんなところにもあったんだ。知らなかった。


01_01


グーグル・マップのストリートビューで見ると屋根が無いけど、ここのはず。

右側のチケット売り場の列にはカンチャナブリー行きが無し。
もっと奥の右側の建物内に入ると、


01_02


あった。台の上にカンチャナブリーと書いてあります。

無愛想なおばさんに尋ねると次の便は7時発とのこと。
運賃120バーツを払うと、「今いた男性について行きな」と。


01_03


あ、この車ね。

15分ほど待って06:59出発。

車中で爆睡していると時間のたつのも早く、わりとあっという間という感じで
カンチャナブリー・バスターミナルに到着です。

時刻は、09:36。

さーて、次の交通手段はというと…。

前日3月31日、ここから戦勝記念塔までのロッ・トゥーに乗る際に
チケット売り場の人にサンクラブリー行きロッ・トゥー乗り場の
場所を聞いておいたんですよ。

「バスターミナル裏の白い建物です」とのことでしたが…。


01_04


きっと向こうに見えているあのビルの一角ですね。
歩いていくと、


01_05


トーンパープーム-サンクラブリー-チェーディー国境 と。

これだこれだ! (ストリートビューで場所を示しておきます。)

建物内の受付で尋ねると「乗れますけど混んでいるので4便あとですよ」との返答。
ぐえっ。

「バスで行ったほうが速いと思いますよ」

分かりました。そうします。 トホホ。

確かに受付前には大きなズタ袋を引きずったどう見てもタイ人ではない男性達が
大勢たむろしていて、さながら難民キャンプの様相。
みんなタイへ商品の買い付けに来たミャンマー人なんでしょうね。

バスで行くのは時間がかかるから避けたかったんですが、仕方がありません。
バスターミナルに戻り探すと、これのようです。


01_06


サンクラブリー行き。

この時期にエアコン無しで長時間はキツそうだなぁ -_-;)
時刻は9:45。

バス前で呼び込みをしている運転手さんに出発時刻を尋ねると10:20とのこと。
じゃぁ、近くで朝食を取って来ることにしましょう。

周辺の商店街を歩くと、


01_07


    トンベープ(ร้านต้นแบบ)
カオマンガイ-カオムーデーン-カオカームー
      一皿10バーツ

という気になる看板が目に留まりました。

いくら地方都市とはいえ、今どき10バーツでなんてやっていけるんだろうか?
好奇心に押されて入ってみることに。(ストリートビュー

まず並んで料理を受け取り、その場で10バーツ支払い。
スープはセルフサービスでした。


01_08


本当に10バーツでしたよ。


01_09


しかも25バーツのカオマンガイとあまり遜色ない盛り付けじゃないですか。
味はさすがにそれなりでしたが、決して美味しくなくはないです。

安いだけあって店内はかなりの混み具合。
回転率で稼いでいるんですね。

脅威の価格破壊カオマンガイをさっと胃袋に掻き込み、
サンクラブリー行きバスに戻ります。

食事をしている間に9割がた座席が埋まってしまっていました。
でもなんとか席を確保。

運転手さんの言っていた定刻よりわずかに早く10:18に出発。


01_10


国鉄西線(ナムトック線)から東にずっと離れた国道323号線を
のんびり走っていきます。片側2車線で綺麗に整備されていますね。

沿道に咲き乱れる黄色いゴールデンシャワー(ラーチャプルック)が綺麗です。

30分ほどで片側1車線に。

耳を澄まして車内で交わされている会話を聞いてみると、
ミャンマー語なのかモン語なのか、はたまたカレン語なのか、
タイ語とは異なる言語がほとんどなことに気付きました。

タイにいながらタイじゃない雰囲気です ^_^;)


走り出して1時間14分後、


01_11


国鉄西線終点ナムトック駅へと入る路地の前で停車。
こりゃ分かりにくいですなー。

ん、待てよ。ということは間もなく土日・祝日運行の特別列車のみ停車の
ナムトック・サイヨークノーイ駅前も通過するのか。

駅の先に静態保存されているC56蒸気機関車も見えるはず!


カメラを構えて待ちます。

道路脇に多くの車が駐車しているのが見え始めました。
進行方向左手には土産物店らしき商店街も。ここがそうだな。

右手の中腹に目を凝らします。

あ、見えた! 蒸気機関車だ!

シャッターを押したその瞬間、


01_12


あ゛ーっ!! 観光バスが~!! (T_T)

あのクソ観光バスの向こう側にC56はあるんですよ。なんてこった。
しばらく立ち直れなかった私でした。

時刻は、11:39。

悔しいのでストリートビューを貼っておきます。
「702」という数字が見えるのが日本製蒸気機関車C56です。




<旅費交通費>
ロッ・トゥー:120バーツ
バス:70バーツ
ここまでの合計:190バーツ

※旅は2014年4月1日(火)に行いました。

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つづく


ナムトックサイヨークノーイ駅

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あの蒸気機関車と再会 クローンラットマヨム水上マーケットへ[1]

バンコク周辺には、気が付けば多くの観光用水上マーケットができましたね。
でもその多くが土日・祝日のみ営業。

短期でタイを訪れることの多い私には、行きたくてもなかなか訪れる機会がない
厄介な存在なのです。平日もやってくださいよー。

…などとここで嘆いたところで仕方がないんですが。


日曜日に重なったチャックリー記念日の振替休日となった4月7日(月)に
バンコクにいた私は、貴重な機会を逃さず、そんな水上マーケットの一つへ
行ってみることにしました。

選んだのは、チャオプラヤー川の向こう側にある
クローンラットマヨム水上マーケット(ตลาดน้ำคลองลัดมะยม)。

スタート地点は民主記念塔近くのバス停。

行き先に「王宮前広場」と書いてあった203番赤バスに乗ってみます。
運良く無料バスでした(笑)

ワット・プラケオ
横のター・チャーンチャーン船着場)前で下車。


01_01


時刻は08:50。
ここからター・プラチャンプラチャン船着場)まで歩きます。

と思ったら、乗って来たバスは右折してター・プラチャン方面へ。
なんだ、降りずに乗っていれば良かった -_-;)


うっそうと茂った並木が気持ちいい通りを5,6分歩いて到着。


01_02


正面がター・プラチャンなんですが、以前来た時には取り壊し中で、
少し下流側、この左手の方へ移転していたんですよ。今はどうなったんだろう?

以前は多くの屋台でごちゃごちゃしていた船着場前のここも
ガラーンとすっかり淋しい風景になっちゃいましたね。戻って来ないのかな?

ちなみに右側のビルはタマサート大学です。

先へと進んでみると、


01_03


↑船着場への通路

との案内が。 こっちに戻って来たんだ。良かった!

セメント袋を担いだ作業員がいたりでまだ工事中のようですが、
タイでよくある見切り発車営業ですかね ^_^;)

中へ入ってみると、


01_04


ほぉ、オープンしたらまた店が入って賑わいが戻るのかな。
以前のように占いのメッカとして復活できたらいいですね。

奥の真正面に渡し船の渡し賃徴収のおばちゃんが座っています。

ター・ロッファイロッファイ船着場)ですと告げ、 3バーツ払うと、
「そっち」と私の進行方向右手を指しました。

左手がター・ワンランワンラン船着場)行き、
右手がター・ロッファイ行きなんですね。

ター・ワンラン
行きには何度も乗ったことがあるんですが、
実はター・ロッファイは初めてなもので、ちょっと不安だったのです ^_^;)


01_05


こんな切符をくれるようになったんですね。
しばらく待っていると対岸からやって来ました。


01_06


接岸して乗客が降りた渡し船に乗り込みます。
09:05出発。

チャオプラヤー川
をのんびり対岸へと進む船からター・ロッファイを眺めると、


01_07


6年前にあの辺りを歩いた時には大規模な工事中だったのですが、
それもすっかり終わって綺麗に整備されたようです。

真新しいシリラート病院のビル群に囲まれた
舟着場右手の一角が何やら色々ありそうで気になり出しました。


01_08


09:09、ター・ロッファイ到着。
まずはさっき見えた寺院みたいなところへ行ってみるとしますか。


01_09


何も説明書きが無いのですが、中には赤ちゃんを抱いたラマ5世座像が。
ラマ5世を祀った廟なんですね。

しかし敷き詰められた大理石(でしたっけ? うろ覚え)が眩しい!
しかも濡れているため足を取られて思いっきりずっこけてしまいましたよ -_-;)


そんな廟の右手には、今度は逆に黒い大きな物体の姿が…。


01_10


おぉ、日本製ミカド型蒸気機関車がいつの間にこんなところに!!


この蒸気機関車がタイへ渡った経緯が興味深いんですよ。

戦後アジア各地が食糧不足の中、タイだけは米生産力に余力がありました。
しかし鉄道車両が戦時中の酷使や爆撃被害により不足していたため、
とくに東北地方からの鉄道による米輸送力不足が深刻でした。

一方日本や朝鮮半島向けに大量の米を調達したかったアメリカ軍は、
妙案を思い付いたのです。

日本に鉄道車両を製造させ、タイの米と物々交換しよう、と。

日本の鉄道車両産業の復興にも寄与することができるまさに一石二鳥の策。
1948年、タイは日本へ蒸気機関車50両、客車200両、貨車500両、
さらに50年にも蒸気機関車50両、貨車500両を発注しました。

目の前の蒸気機関車もそのうちの1両なのです。
D51を元にタイ国鉄専用にややコンパクトに設計・製造されたのだとか。

こちらには説明書きがありました。


01_11


ミカド型蒸気機関車950番

1950年に日本から輸入。機関車57.60トン、炭水車35.50トン、
合計した全長18.945メートル。

当初燃料は石炭だったが、のちに重油使用に改造。

北線や東北線の山岳路線で活躍後、1982年に引退、
トンブリー機関区に保管され、同型蒸気機関車の部品取り用として使用された。


という旨が刻まれています。


そこまで読んで、950番って見覚えがあることに気付きました。

6年前の記念すべきこのシリーズ第1弾「トンブリー路線バスの旅」で
偶然見つけた蒸気機関車が950番だったじゃないですか!


01_12


当時はトンブリー機関区で雨ざらしになっていました。
そうか、あの機関車がここに運ばれたんですね。

綺麗に塗装し直されてはいますけど、どうか屋根を設けてやってくださいな (>_<)





<旅費交通費>
203番バス:0バーツ
渡し船:3バーツ
ここまでの合計:3バーツ


※旅は2014年4月7日(月)に行いました。

元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)

<参考> 
『王国の鉄路-タイ鉄道の歴史』柿崎一郎、京都大学学術出版会、2010年

つづく


ロッファイ船着場


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