タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~

タイ・バンコクや近県をバス、ソンテオなどの公共交通機関だけで日帰り旅をした様子を綴る旅行記です。
タイ料理屋台から水上マーケット、百年市場、日本の残した足跡まで無鉄砲に飛び回っています。 ※楽天ブログ『タイとタイ語に魅せられて』の1日旅の記事だけを抜粋しました。

ラーチャブリー城壁

ラーチャブリー城壁! ラーチャブリーと水瓶の旅[8]

アーティー・コーピー」を後にしました。
時刻は、12:24。
ラーチャブリーに着いてから4時間近く経っています。

さあ、今度こそラーチャブリー城壁へと向かうぞ!

まず向かったのは、またしてもメークローン川渡し船の船着場。

08_01

対岸にいた船が私に気付くと向かってきてくれました。
ありがとうございます~。

でも船を往復させて稼ぎはたった5バーツってことですか。
きっと陸軍から補助金が出てるんでしょうね。
そうじゃないとやってられないと思います ^_^;)

08_02

対岸の陸軍工兵局パーヌランシー基地内船着場に到着。
階段を上がって、川沿いの道を東へと歩きます。

人っ子一人いませーん。

で門を出て振り返ってみると、

08_03

詰所に警備兵の姿がないぞ。
陸軍基地がそんなにユルくていいのか?(笑)

ちなみに正門はこの右手の方にあります。

そのまま真っ直ぐ歩いて

08_04

チュラロンコン橋の下をくぐります。
どうやらあちら側も基地の敷地内ってことみたいです。

ちょっと先の左手に

08_05

工兵博物館なる施設が現れました。
が、今日は休館日のようです。

裏手の四つ角にある詰所で警備兵のおじさんに尋ねると、
外から見る分にはいいとのこと。

では裏側から柵越しに軽く眺めてみますか。

08_06

屋外には工兵局が使用した様々な重機が展示されてました。
ブルドーザーにショベルカー、モーターグレーダー、クレーン車とか
そういった工事用車両のようですね。

建物内には工兵局の歴史や業務、国民への支援の様子、
歴代重要人物の略歴などが展示されているみたいです。

ちなみに工兵博物館は1969年設立、
手狭になって現在のかたちに拡張されたのが1984年とか。

で、屋外展示はここ以外に路地を挟んだ北側にもあって、
そこにはなんと

08_07

蒸気機関車と客車が展示されてました。

工兵局との関係性やいかに?
と思ったら、やはりそう首をかしげる見学者がいるのか、
案内板に説明が書かれています。

工兵局はラマ5世の時代から国鉄路線の建設にトンネルを掘ったり、
線路を敷設したりと従事していたんだそうで。

08_08

蒸気機関車は1918~24年の間にイギリスの
Weak Poor & Beyer Peacock社で
製造された車両で、
オランダが蘭領東印度(現インドネシア)で使用していたのを

太平洋戦争時に日本軍が接収してタイへ運び使用していたものだとか。

感慨深いものがありますなー。

としみじみ眺めていて何気なく奥へと視線を移したら、
あ、あれは!!

思わず小走りに近づきます。

08_09

あったーーーー!
ラーチャブリー城壁だ!!

修復が多少されているみたいですけど、
歴史を感じさせる痛み具合がいい感じで素晴らしい!

先ほど訪れたラーチャブリー国立博物館のパネル展示によると、
ラーチャブリーの町は元々メークローン川のさっきいた側にあったのを
ラマ2世(在位1809~1824年)年が戦略上好ましくないとの理由で
こちら側に移転させたのだそうです。

とは言っても200×800mの敷地という狭さ。
この城壁は、その当時に築かれたもの。

その後、海を渡ってきた華僑らがメークローン川対岸に住みつき、
商売を始め賑わうようになったため、再度あちら側に町が移って
現在のラーチャブリーになったというワケです。

つまりコイキー市場が町を向こう岸に引き戻したってことですか ^^

町がもぬけの殻となったお陰で、町の発展の中で破壊された
他の町の城壁と違い、ラーチャブリー城壁は残ることができたんですね。
軍の基地が置かれたことも幸いしたんでしょう。

城壁がどこまで続いているのか東へ辿ってみることにします。
隣の敷地には軍の独身寮らしきアパートが建設中だか改修中だかで
ごちゃごちゃしています。その裏にも続いてますね。

寮の敷地の東端まで来ました。

08_10

お、ここで城壁が終わってる!

この右側にはフェンスがあってその向こうには細い運河があります。

しかし今にも崩れ落ちそうな荒廃っぷりだな。
足元にも

08_11

城壁のものと思われるレンガがゴロゴロと。
こっちの辺りも修復してくださいな!


今度は蒸気機関車のあったところから西側へと辿ってみます。
隣のテニスコートが終わると縦に道が通っています。
その道を北へと歩くと、

08_12

ん、城門?

通って振り向いてみると、

08_13

確かに城門だ!

でも傷み具合の違いなどから見て、
城門は後世に作り直されたものっぽいですね。

これじゃ門の役割を果たしていないし。

実はラーチャブリー国立博物館のパネルには、
ちゃんと扉のある城門の写真があったんですよ。

最近改修されてこの姿に変えられちゃったのか、
はたまたまだ他に城門が残っているのか。
いつかもう一度調べにくる必要がありそうですなー。


<旅費交通費>
渡し船:5バーツ
ここまでの合計:110バーツ

※旅は2016年5月28日(土)に行いました。

元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)


つづく

城壁

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ラーチャブリー国立博物館 ラーチャブリーと水瓶の旅[6]

ラーチャブリー名物水瓶ケーキ(ケーク・オーン)の店
「バーン・カノム」で教えてもらった系列のベトナムコーヒー店
「アーティー・コーピー」への行き方のとおりに歩いて行きます。

メークローン川沿いのコイキー市場より西側にあるそうで、
川に出て左へと進んでいくと左手に

06_01

あ、そうか。
ラーチャブリー国立博物館があったんだっけ。

以前来た時にはあいにくの閉館日で入れなかったんですよ。
せっかくなので入ってみますか。

06_02

この建物、元々はかつて置かれていたラーチャブリー省の省庁舎として
ラマ6世時代の1922年に建てられたものなんだそうで。
1983年から博物館として使われています。

どうりで戦争ものの映画に登場する昔の役所っぽい建物だなと
思ったんですよね ^^


入口で入館料を支払います。
「20バーツ」とのことなので何の疑いもなく払ったら、
後でウェブサイトで確認したところ「外国人100バーツ」との記載が。

後の祭り。ま、いっか。

荷物は持ち込み不可なので、すぐの部屋にカバンを預け、
預かり札を受け取ります。カメラはOKだそうで持っていくことに。

中庭を囲んだ「口」状の建物に従って時計回りに回って行きますか。

ラーチャブリーの地理を概説する部屋の次は、

06_03

先史時代のコーナー。

出土した2~3千年前の土器や装身具の展示と
人骨発掘のパネル展示がされています。
そんな昔から人が居住してたんですね。

次の部屋は3~4世紀の「扶南」の次に栄えた
6~11世紀のドヴァーラヴァティー朝時代。

06_04

ドヴァーラヴァティー文化を感じる出土品が展示されています。

私が行きたいと思っているクーブア遺跡もそうですが、
ラーチャブリー県内にはこの時代の遺跡や遺物が出土した場所が
数多くあるということを展示から知りました。

06_05

次は11~13世紀のクメール朝時代の部屋!

が、期待ほどは展示品が多くなかったです。

こんな手に触れられるかたちで無造作に展示されているのが
タイらしくていいですね ^^

でも興味深い事実をパネル展示から知りました。

06_06

航空写真に写っている縦長の遺構、
実はクメール統治時代の都市を囲む堀と土塁の跡なのです。

クメール朝のジャヤヴァルマン7世(在位1181~1220年頃)が
アンコール遺跡の一つプリヤ・カーンに遺した碑文に記された
「ジャヤラーチャブリー」という都市がここだと推定されています。

曲がりくねりつつもほぼ「L]字なのがメークローン川で、
この博物館の位置はちょうどその曲がる角あたり。

なんだ、歩いて行ける距離じゃないですか!
今度ラーチャブリーに来たら見に行ってみま~す。

中庭に面した回廊に出ると、

06_07

ん? クーブア遺跡の模型かな、たぶん。

次のスコータイ朝&アユタヤ朝時代の部屋には、
スコータイ朝ラムカムヘン王時代の
かのラムカムヘン王碑文(1283~92年頃と推定)にも
ラーチャブリーの名が刻まれているとの説明がありました。

またナコンサワン県で出土した同時代の碑文にも
やはりラーチャブリーの名が見られるんだとか。
結構歴史があるんですねぇ。

トンブリー朝時代の部屋の次は、
現王朝のラタナコーシン朝時代の部屋。

06_08

このパネルにまたもや狂喜!

なんと城壁の写真じゃないですか!
ってことは、城市だった時代の城壁が現存しているってこと!?

城壁マニアの私としては見逃すわけにいきません!(笑)
今日必ずこの目で見てやるぞ。

06_09

そしてチュラロンコン橋を訪れた時に説明しましたが、
メークローン川に架かる国鉄南線鉄橋の開通式(1901年)に
ラマ5世が行幸された時の写真です。

上から2列目の左から2枚目に当時のチュラロンコン橋が映っています。

06_16

これは、「省の剣」なのだそうですよ。

なんでもラーチャブリー省が置かれていた時代の
1916年にラマ6世が行幸された折、下賜されたのだとか。

各省に剣があったんでしょう。
でも地方自治の省制はこのラマ6世時代に廃止されちゃったんですけどね。


次の部屋は、ラーチャブリー県内のエスニック・グループ展示でした。

パネルによると、ラーチャブリーは国境県でもあることから
エスニック・グループのるつぼとなったんだそうです。

県内には、タイ系、中華系、黒タイ族、ベトナム系、モン族(モーン)、
カレン族、ビエンチャン・ラオ系、元クメール・ラオ系の8種族が
居住しているんだとか。

06_10

各種族の来歴や文化の展示があるんですが、
これはそのうち「黒タイ族」の展示。

ラオスにかつてあったルアンパバーン王国とベトナムとの中間あたりに
元々は居住していたのが、度重なる戦争を避け難民として散り々に。

タイ領内に流入したグループは、時のトンブリー朝タークシン王により
ラーチャブリー南隣のペッチャブリー県に住まわされます。
が、その後も次々と流入してきてペッチャブリー県を溢れ出た黒タイ族の
一部がラーチャブリー県内に移り住んだのが始まりとのこと。

元クメール・ラオ系も、かつての戦争では侵略地の住民を自国にごそっと
強制移住させるのが常だったんですが、クメールとラオの間を強制移住で
行ったり来たりした末にタイに連れて来られた人達の末裔のようです。
それで3つの言語がごっちゃになった特異な言語を話しているんだとか。

どの種族も数奇な運命を辿ってラーチャブリーに居住するように
なったんですね。

06_11

このガラス板には、見づらくてすみませんが、
ラーチャブリー県の「県の標語」(カム・クワン)が刻まれています。
韻を無視してざっくりと訳すと、

ポーターラームの美人 バーンポーンの麗人
竜柄水瓶の中心市街 影絵のワット・カノーン
目を見張る美しい洞窟に ダムヌーン水上マーケット
億のコウモリに夢中になり 良魚イーソップの住む処

てな感じです。

おっ、竜柄水瓶は、やはり県の誇りなんですね!

ちなみにイーソップは、タイガーバルブっていう
コイの仲間の魚のようです。


続く文化遺産の部屋には、

06_12

籐製品が展示されています。

そういえば2010年の「バンコクヤイ運河にトンブリー王朝を感じる旅」
で訪れた
バンコクのタラート・プルーで触れたことがありましたね。

タラート・プルーがかつて水上マーケットとして栄えていた頃、
ラーチャブリーから特産品の籐製品が舟で運河づたいに
タラート・プルーまで運ばれ売られていたんです。

メークローン川→ダムヌーンサドゥアック運河→ターチーン川
→パーシーチャルーン運河→バンコクヤイ運河
…というルートに違いありません。

06_13

竜柄水瓶だっ!!

これらが昔ラーチャブリーで生産されていた本物の竜柄水瓶なんですね。
実物を初めて見ることができて、思わず感動です(笑)

前々回にラーチャブリーの竜柄水瓶の歴史を解説しましたが、
パネル展示によると最盛期には水瓶工場が50か所もあったんだとか。

あと中国から渡ってきた焼き物職人が1933年にラーチャブリー
初めて開いた焼き物工場は名称を「タオセンリー」といったそうです。


「現在のラーチャブリー」の部屋は県内産業の紹介なのですが、

06_14

このパネルの中央の写真は、バーンポーンのバス車体工場ですね。

2009年に当ブログで触れたことがあるんですが、
太平洋戦争中、県内のバーンポーンには泰緬鉄道建設の基地として
日本軍が駐留していたことから、軍用車両の修理技術が雇われていたタイ人に
伝承されたのが元で、戦後に国内最大の車体工場集積地となったんです。

タイのテレビ番組バーンポーンの車体工場オーナーが
その旨を語ってくれている部分があるので貼っておきますね。
タイ語ですけど02:17あたりです。


一周して見尽くしました。

いやぁ、ラーチャブリー国立博物館は、軽い気持ちで立ち寄ってみたら
予想外に面白かったですね。大いに勉強になりましたし!

06_15

中庭を囲む回廊になっている造りが、コロニアル風というか
レトロかつ優雅な雰囲気を醸し出していていいですね~。

入口に戻り、カバンを返してもらいつつ、
男性スタッフに尋ねてみました。

ラーチャブリー城壁ってどこにあるんですか?

「基地の中ですよ。県柱廟の近くです。」


よっしゃ、行くぞ!!

でもその前にアーティー・コーピーに寄らねば ^_^;)


<情報>
ラーチャブリー国立博物館(พิพิธภัณฑสถานแห่งชาติราชบุรี)
場所:グーグルマップ
休館日:月・火曜日、公休日
開館時間:9:00-16:00
入館料:タイ人 20バーツ、外国人 100バーツ


<旅費交通費>
歩いただけなので:0バーツ
ここまでの合計:105バーツ

※旅は2016年5月28日(土)に行いました。

つづく



元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)


つづく

国立博物館

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