タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~

タイ・バンコクや近県をバス、ソンテオなどの公共交通機関だけで日帰り旅をした様子を綴る旅行記です。
タイ料理屋台から水上マーケット、百年市場、日本の残した足跡まで無鉄砲に飛び回っています。 ※楽天ブログ『タイとタイ語に魅せられて』の1日旅の記事だけを抜粋しました。

チェーディー・サームオン

フィクション「タイ-ミャンマー国境で見た光景」 泰緬鉄道跡を再び辿る旅[7]

 ※はじめにお断りしておきます。
 今回の記事は、あくまでフィクションです。登場する人物は実在しません。
 創作のストーリーとしてお読みください。


スリー・パゴダ・パス
目抜き通りの坂から一本脇道に入ったところにある
ソンテオ乗り場に到着。


07_01


ここからはサンクラブリー行きのみが出ています。

「乗って待ってて」

運転手さんらしき男性に声をかけられましたが、
しばし周囲の写真撮影を ^_^;)


07_02


ソンテオの先の今にも崩れそうな木造小屋は、
売店兼待合所兼運転手詰所のようですね。
男性が数人ベンチでまったりしているのが見えます。運転手でしょう。

撮るものが無くなったのでソンテオに乗りこんで待つことに。
進行方向右側のベンチシートの一番前に腰かけます。

するとものの3分で発車。
時刻は、14:33。

のろのろと走り出したところで赤ちゃんを抱えた若い女性が
運転手に声をかけて停めました。何か相談している様子。
私は車窓を眺めます。


07_07


覚えている方はいますでしょうか?
この左手の建物は、4月に訪れた際に見た「土禁のスーパー」なんです(笑)

写真だと見づらいですが、今回も階段の上にサンダルが散らかっています。
そしてこの道の先はもう、ミャンマーなんですよねー。

そんなことを思いつつ、正面へ向き直すと、
さっき運転手さんと話し込んでいたあの女性が私の真正面に座って
私に微笑みかけているではないですか!

わぁっ、ビックリしたなもう。

「タイ人ですか?」

いえ、日本人です。観光で来たんです。

「なんでタイ語が話せるんですか?」

ああ、以前バンコクでタイ語を習ったことがあるんですよ。

…とお決まりの会話が続きます ^_^;)


歳の頃は22~3ぐらいでしょうか。ほっそりしていてなかなかの美人。
タイ系のタイ人ではなさそうですが、ネイティブなタイ語です。

若いのに赤ちゃんもいて立派だなぁと感じることよりも何よりも
もっとも印象的なのが、眼力の強さ。

人と折衝する商売でも営んでいるのかな?
失礼な言い方ですけど、こんなど田舎のうら若き女性には不釣り合い。
危険な匂いを感じざるを得ない目つきの持ち主です。

でも笑顔は可愛いんですよ。
だから思い過ごしかな ^_^;)


07_03


表通りへ出て坂を登っていきます。

スリー・パゴダ・パス
よ、さようなら~。


07_04


4,5分もすると人家のまったくない景色に。

沿道の林から鈴の音みたいな蝉の鳴き声が聞こえてきます。
日本にはいない種類かな。

目の前の女性が、助手席の男性に何か叫びました。
するとソンテオはスピードを落とすではないですか。

友達を拾うのかな?
女性はしきりに携帯で電話をしていますが相手に通じないようです。


10分ほど走ると検問が現れました。
時刻は、14:53。

女性が係官と親しげに話しています。
「日本人なんだって」

「友達ですか?」と係官。

いえいえ、違います ^_^;)

「パスポート」

あ、はい。これです。

「タイ語話せるの?」「タイには長くいるの?」

となんだか疑われているような質問が。
コラ~、ネエちゃん。あんたが親しげにするせいだぞ(笑)

なんとか無事に検問を通過できました。
走り出したソンテオはなおもスピードを抑えめ。


カーブの坂を下っていた時です。
ネエちゃんが助手席に向かって何か叫びました。
するとソンテオが停車するではないですか。

その途端、大勢の人が物凄い勢いで乗り込んで来ました。
まさに「突進」という感じで駆け込み、先頭の男性が私に体当たりして
椅子に崩れ込み、安堵の表情を浮かべました。

ソンテオは急発進。もう普通のスピードです。

何が起こったのか理解できず、あっけにとられる私。

ネエちゃんの隣にピッタリくっついて座った色白の若い女性が
ネエちゃんに二言三言話しかけています。

すると、他の数人も同様に。
でも共通して親しげではなく、仏頂面で。


むむむ。


乗り込んできたのは、20~40代の男女6,7人。

私に体当たりした揚句まだピッタリ密着している男性は20代後半。
こんな暑いのに薄手のダウンジャケットを着ている不自然さ。
額には汗をビッショリかいているじゃないですか。

向かいの席の女性を見ると、ジーンズに雑草の種が付いています。

そんな私の目の動きを察したのか、ネエちゃんが笑顔で話しかけてきました。
「今日はサンクラブリーで泊まるんですか?」

そうですよ。ところで、みんなは友達ですか?

そう尋ねた途端、笑顔が消え目を逸らして黙ってしまいました。


なるほどね。全てが理解できたぞ。

この連中は、道なき道を歩いてきたのか。あちらから。
どうりでネエちゃんの目ヂカラが強いワケだ。


すると15:01、また検問で停車するではないですか!
おいおい、大丈夫なのか!?

観察していると、とっさに100バーツ札を握りしめた人が。

連れていかれる人と乗ったままでOKの人がいるのが不思議。
どんな基準なんでしょう?

いずれにしても連れて行かれた人も間もなく無事に戻って来たのでした。

いったいどうなってるんだーーー!!
ほっとした半面、説明のつかない割り切れなさも感じたり。


ソンテオがサンクラブリーの町に近付くと、
ネエちゃんはおもむろに紙幣を数枚グシャっと握りしめ外に手を伸ばし、
素知らぬ顔をして助手席の男性に窓から手渡そうとしています。

でも、助手席の男性はまったく気付かず(笑)


サンクラブリー
は、国道323号線から南へ並行して真っ直ぐ伸びた2本の道路に
囲まれた地域が市街地になっています。

そのうちの東の道路、サンクラブリー通り入口でソンテオは停車。
ここでネエちゃんの指示で御一行様下車です。

ネエちゃんはというと、一瞬ニコっと私に微笑んでから後について下車。

降りてきた助手席の男性に紙幣を手渡しています。
500バーツ札があるのがチラっと見えましたが、総額いくらかは定かでないです。


ここはタイと言えど、住民の多くはモン族も含めてミャンマー人。
官民問わず同胞同士で助け合って生きているのかもしれないな。


再び走り出したソンテオは、西の道路シースワンキーリー通りに入って
すぐにあるサンクラブリー・バスターミナルで停車。終点です。


07_05


時刻は、15:18。

運賃30バーツ也。
運転手さんに手渡します。

国境のありのままの姿を垣間見たような45分の旅でした。


07_06


サンクラブリー・バスターミナルを後にしましょう。





<旅費交通費>
ソンテオ:30バーツ
ここまでの合計:359バーツ

※旅は2014年5月12日(月)に行いました。
※今回の記事は、あくまでもフィクションです。

元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)


つづく


カンチャナブリー


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三仏塔とホウオウボク 泰緬鉄道跡を再び辿る旅[6]

スリー・パゴダ・パスのタイ側イミグレの横にはこんな表示がありました。


06_02


   サヤーム最果ての地
ダーン・プラチェーディー・サームオン・ルート
  仏暦2459年(西暦1916年)
  座標 MS.345916

サヤームはタイの旧国名。
ダーン・プラチェーディー・サームオンとは
スリー・パゴダ・パスのタイ語名で「三仏塔国境」の意味です。


さて、三仏塔を最後にもう一度見ておきますか。


06_01


軍用車が停まり迷彩服姿の兵士達が歩いている光景が
国境の雰囲気を一層醸し出していますね。
多分国境警備とは無関係の人達ですが。


坂を登り始めると右手にこんなものが。


06_03


      最西端の地
カンチャナブリー県サンクラブリー郡

と。

なんだかオドロオドロしいですね。
ここに座って記念撮影したい気にはなりません(笑)


その先の左手を見て、あっと思いました。


06_04


真っ赤な花が咲き乱れるこの木。

さっき泰面国境平和祈念堂で見かけた故永瀬隆さんの詠んだ歌、

バンコク桜と兵ら唱えし鳳凰樹
その紅いの花は血の色


の鳳凰樹ってこの木なのでは!?


帰国後調べてみたら、そうでした。

日本名はホウオウボク(鳳凰木)。
中国や台湾では鳳凰樹と呼ばれているようです。

タイ語名は、หางนกยูงฝรั่ง(ハーン・ノックユーン・ファラン)。
「西洋孔雀の尾」という意味です。多分シダのような葉と
そこに咲く赤い花が孔雀の尻尾に似ているからなんでしょうね。


06_05


なるほど。「血の色」と形容したのが分かる気がします。

日本兵が「バンコク桜」と呼んだのは咲いている姿よりもむしろ、
この散り方が桜に似ているからなのかもしれませんね。

タイでのホウオウボクの開花時期は4~5月。

幸運にもちょうどその時期に訪れることができたお陰で
永瀬さんがあの歌を詠んだお気持ちが多少なりとも
理解できたような気がします。


その先の右手の路地に入ってみました。


06_06


こんなうら淋しい寺院の横を通り過ぎると、


06_07


兵士の座る詰所とその先に大きなゲートが。
あの先はミャンマー領に違いありません。

私がどうしようか躊躇していると、

「あの門の前までは大丈夫ですよ」

と兵士さん。

ありがとうございます ^_^;)


門の近くまでにじり寄っていきます(笑)


06_08


カンチャナブリー・ナンバーの車やタイ・ミャンマー双方のナンバーのバイクが
ひっきりなしに出入りしています。

あっ、さっき有刺鉄線の先に見えた道はここに繋がっているんですね!
きっと両国の地元民だけが自由に行き来できるんでしょう。

もっと門に寄ってあちらを覗いてみます。


06_11


牛のいるのどかな景色でした ^^


兵士さんにお礼を言って後にします。
どうも私をタイ人だと思っていたみたいで。


詰所のところで右に曲がると、前方にここまで乗って来たバスが
まだ停車しているのが見えました。


06_09


モップでお掃除中。なかなかの重労働ですね。


見どころはこんなもんでしょうかね。
そろそろサンクラブリーへと向かいますか。


目抜き通りの坂を横切り反対側の路地へ入ります。

あったあった。


06_10


サンクラブリー行きのソンテオ乗り場です。
前回乗ってるから安心して利用できます ^^

時刻は、14:28。





<旅費交通費>
歩いただけなので:0バーツ
ここまでの合計:329バーツ

※旅は2014年5月12日(月)に行いました。

元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)


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泰面国境平和祈念堂とミャンマー側線路跡 泰緬鉄道跡を再び辿る旅[5]

あやうくミャンマーに密入国(笑)するところだったのを慌てて引き返します。

広い駐車場の左手には実は陸軍の施設が。


05_01


第9歩兵師団 第106スラシー市民活動実行隊

と書かれているのが見えます。民間人で編成された部隊なんでしょうか。
さっきの迷彩服姿の若者たちもここと関係がありそうですね。


で、その陸軍施設の前から駐車場を見渡すと、


05_02


白のホンダ・インサイトとその後ろに赤いピックアップが
停まっているのがわかりますか?
ちょうど2台を結んだ線上に泰緬鉄道の線路が走っていたんです。

赤いピックアップの向こうに見える寺院風建物に行ってみましょう。

線路跡を辿ることを優先したのですが、
実はさっきから気になっていたんです。

なぜかと言うと、


05_03


タイと日本の国旗が壁に。

線路が保存されている部分の真横に建っていることも何かあるなと。


05_04


THE BORDER PIECE TEMPLE THAI-JAPAN 25 APRIL 2002

とあります。ピンときました。
きっとここは…。


入ったすぐ右手にこんな石碑が建っています。


05_05


泰面国境平和祈念堂 第二星露院

というのが日本語の正式名称のようですね。

世話人に思ったとおり故永瀬隆さんのお名前が。

永瀬さんは旧日本陸軍英語通訳として泰緬鉄道建設に関わり、
戦後は泰緬鉄道建設従事で死亡した連合国軍捕虜やアジア人労働者の慰霊に
尽力なさった方です。

今年4月に公開された映画『レイルウェイ 運命の旅路』では
真田広之さんが永瀬さんを演じています。

1986年出版の永瀬さん著書『戦場にかける橋のウソと真実』には、
クウェー川鉄橋近くに1985年に建てた「クワイ河平和寺院」についての
記述はありますが、こちらは出版後なのでもちろん触れられていません。

でもきっとこちらも永瀬さんが中心となって建てられたのでしょう。


05_06


上部には、
ศาลาสันติภาพ ไทย-ญี่ปุ่น と。
「タイ-日本平和堂」って感じでしょうか。

小さいながらも立派なお堂の中に入って仏像に手を合わせ、
左を見ると2枚の板が。


05_07


そのうち左には、

雨季の夜の雨降りしぶくカオレム湖
湖底の兵ら思うは何か

バンコク桜と兵ら唱えし鳳凰樹
その紅いの花は血の色

奉納二首 元陸軍通訳 永瀬 隆

とあります。

カオレム湖とはサンクラブリーのあのモン橋が架かり、
泰緬鉄道のニーケ駅を含む線路跡が沈んでいるダム湖、カオレーム湖です。

死んでいかれた方々のことが片時も頭から離れなかったのでは。
そんなことが感じられる歌に思えました。


お堂の外に出ます。


05_08


今度は泰緬鉄道線路のミャンマー側への延長線へ歩いていってみますか。
前回帰ってから写真を見て気付いた線路跡らしきものを確認したいのです。

向こうにミャンマー国旗がはためいていますね。


05_09


ゲートの前まできました。

この右手ですよ。
「The Republic of the Union of Myanmar」の看板の裏です。
ドキドキ。


05_10


あった!!

やっぱりこっちにもあったんだ泰緬鉄道の線路!!


05_11


しっかり残ってますよ!


05_12


横に下りてどこまで続いているのか目で追います。


05_13


2つめのゲートの向こうまで残っているようですね。

「こちらへ来てください」

ふいに背後からタイ語で声をかけられました。
呼んだのは写真の外、左手にある事務所前にいる係官。

言葉どおり前まで行くと、

「タイ人ですか?」

いえ、日本人です。

「外国人は入れませんよ」

どこまでだったら行けますか?

「あそこまでです」と指差したのは、
さっきの「The Republic of the Union of Myanmar」の看板の線。

えっ、すみません!!

厳密に言うと今度こそ本当にミャンマーに不法入国してしまいました。
慌てて戻ったのは言うまでもありません -_-;)
ここへ行かれるみなさん、どうぞお気を付けを…。





<旅費交通費>
歩いただけなので:0バーツ
ここまでの合計:329バーツ

※旅は2014年5月12日(月)に行いました。

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スリー・パゴダ・パス終点着 泰緬鉄道跡を再び辿る旅[4]

サンクラブリーを12:59に出発したバスは一路終点スリー・パゴダ・パスへ。

間もなく三差路で左折したところにある検問で停車。
乗り込んできた係官が乗客から100バーツを徴収し始めたじゃないですか。
何の代金だ?

私はというと日本のパスポートを見せたら
何も言わずに通り過ぎていったのでした。うーん、ナゾですね。


バスが走り出すと、車掌さんが説明をし出しました。
悲しいかなイマイチ聴き取れなかったのですが、
どうやらミャンマー国籍の人へビザ手続き代行を持ちかけているようで。

○○の費用が100バーツで、△△の費用が300バーツ、
国境に行っても費用は変わらないから、このすぐ先の
サンクラブリー入国管理事務所でやった方が楽と言っています。

そしてそのサンクラブリー入国管理事務所前で停車。
時刻は、13:10。

車掌さんが各人から受け取ったお金を挟んだパスポートの束を手に
下車して入管事務所へと消えていきました。

様子をまじまじと見ていたのですが、乗客のほとんどはミャンマー国籍の模様。
乗客同士もこの時になって初めて私と同様に気付いたようで、
近くの席の同胞同士で会話の花があちらこちらで咲き始めたのでした(笑)

なるほど、このバスはミャンマー人のビザランご用達路線なんですね。


しばらくして車掌さんが戻って来て発車。
かと思いきやまた検問で停車ですー。


04_01


 国境治安維持検問
   停止/検査
ナムクルーク合同検問

と。


再び走り出したバスの車窓左手には、


04_02


ミャンマー領内の山々が見えてきました。
というか、その手前ももうミャンマーなんですけどね。


04_03


そして大きく左へカーブして道幅の広い下り坂を進み、
左折して路地に入りこんだところでバスは停車。


04_04


終点スリー・パゴダ・パスに到着です!
時刻は、13:41。

バンコクのモーチット・バスターミナルを06:02に出発してから、
実に7時間39分かかってようやくですよ。
成田-バンコクの飛行機より長いとは ^_^;)

ミャンマー人は待機していたバイクタクシーであっという間に消えていきました。

左の平屋が事務所のようで一服している車掌さんに
スリー・パゴダ・パスモーチット行きの出発時刻を尋ねると、
7時と9時だ、との返事でした。

つまりもう今日はバスで帰れないと。
元々とんぼ返りするつもりは無かったのでいいんですが。

車掌さんも長旅お疲れさまでした~。


さて、目抜き通りの坂に戻りますか。


04_05


通りに出るまでの路地は、こんな100年前のような屋並み。


04_06


坂に出ました!
バスはこの坂を下ってきたのです。

周囲は右も左もミャンマー領。
この坂の一帯だけタイ領がミャンマー領に不自然に食い込んでいるんです。


では、坂を下っていきましょう~。


04_07


もう白い仏塔が見えてますね。

ずんずん歩いてスリー・パゴダ・パスの由来となった三つの仏塔に到着!
あれれ?


04_08


その前を迷彩服姿の若い兵士さんたちが横切っていくではないですか。
和気あいあいとした雰囲気なので社会科見学みたいな感じなのかな?

兵士さんたちが歩いてきた方向へ目をやろうと左を向いた時です。
後方にあるものに目が釘付けに。


04_09


あそこに横たわっているものは…、間違いないぞ。


04_10


泰緬鉄道の線路じゃないですか!!

なぜ前回気付かなかったんでしょうか。
暑さで朦朧としていたとはいえ、なんとマヌケなことを。

しかしこんなところにも残っていたとは!!

看板も立っています。


04_11


この線路の手前の延長線がビルマのタンビュザヤ方面、
奥がタイのカンチャナブリー方面です。

よしっ、カンチャナブリー方面へ跡を辿ってみましょう!

この先は未舗装の駐車場。盛り土跡がかすかに残る線路跡が続いています。
でも早晩判別不可能なほどに消え去ってしまうことでしょう。

歩いていく途中で振り返ってみると、


04_12


こんな感じ。
注意深く歩かないと見失ってしまいます。

行ける所まで歩いていくぞと意気揚々に進んでいくと、


04_13


不意に足元に有刺鉄線が現れたじゃないですか。

こんなもんで邪魔するなよー。

なんとかして跨いで行けないものかとあたりを見回して
事情がようやく呑み込めました。


04_14


向こうの看板にビルマ文字が躍っています。
有刺鉄線の向こう側はミャンマー領なのか!

危ない危ない。密入国するところでした。


国境ってこんなもんでいいんですか? ^_^;)






<旅費交通費>
バスに乗っていた&歩いただけなので:0バーツ
ここまでの合計:329バーツ

※旅は2014年5月12日(月)に行いました。

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カンチャナブリー


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カンチャナブリーでロットゥー乗り継ぎ カンチャナブリーの奥へ[最終回]

スリー・パゴダ・パスを12:36に出発した
カンチャナブリー行きのロッ・トゥーは、12:45に検問で停車。

パスポートを出すと、「日本人は(チェックの)必要無し」と言われてパス。

さらに12:50にも検問。ドアを開け「男性2人」と言っただけでここもパス。

お坊さんと日本人じゃ、疑わしい点が無いってことですかね?
あと1,2ヶ所検問がありましたが、停車せずにスルー。


で、まずはサンクラブリーに到着。
時刻は、13:00。

ここでお坊さん、
トーンパープームですよね? 乗り換えてください。同じくすぐ出ますから」
とスタッフに言われ下車していきました。

それと入れ替わりにここからのお客さんがどどっと乗車。
13:10出発。


すると間もなく前方にサンクラブリーカンチャナブリー行きの
ローカルバスの姿が。


20_01


みるみる近付いて…


20_02


あっさりと追い抜きました。

こりゃ、バスとロッ・トゥーで所要時間がかなり違いそう。
カンチャナブリーに着いたら時間を比較してみましょう。


最大の難所をあっけなく越えると、


20_03


ランティー川に架かる橋に差し掛かります。

正面が砲撃跡のあるランティー山ですね。
ということはその手前左側のあたりが泰緬鉄道の線路跡か…。

などと眺めているとあっと言う間に渡り切ってしまいました。


トーンパープーム
には寄らずカンチャナブリー直行のようです。
サンクラブリー始発のロッ・トゥーはトーンパープーム経由ってことのようで。


14:30、検問で停車。全員が身分証のチェックを受けます。

最後部座席の若い女性が
「どこに行くの? バンコク? お父さんは知ってるの?」
と尋ねられてました ^_^;)


さらに15:15と、


20_04


15:20にもここの検問で全員チェック。

多くの検問があるのは陸軍と警察が
それぞれ設けているのもあるんでしょうね。

さらに警察は地方警察、入国管理警察、国境警察の
いずれもが出しているのかも。


サイヨーク・ノイ
ナムトック駅の間で給油休憩。


20_05


売店でジュースを買って腹の足しに。
15:29再出発。

それから1時間弱で、ようやくカンチャナブリー・バスターミナル到着です!


20_06


時刻は、16:18。

昨日乗ろうとしたカンチャナブリーサンクラブリー経由
スリー・パゴダ・パス行きロッ・トゥーの乗り場横にある路地が終点でした。

所要時間は、
サンクラブリー13:10発→カンチャナブリー16:18着なので、3時間8分。

昨日のローカルバスは、
カンチャナブリー10:18発→ヒンダート12:39着、
ヒンダート14:25発→サンクラブリー18:06着なので、計6時間2分。

なんと倍の差!!

というワケで、カンチャナブリーサンクラブリー間を移動する際には、
ロッ・トゥーを断然オススメいたします。安全性はバスが上でしょうけど ^_^;)


下車すると、戦勝記念塔行きロッ・トゥーの呼び込み男性が。
ついて行くと路地横すぐの待合所に案内されました。


20_07


マンゴーン・トーン(金竜)とはいかめつい会社名ですね(笑)
しかしこんな場所にも戦勝記念塔行きの乗り場があったとは
気付きませんでした。

待合所内の受付で運賃130バーツを支払います。
チケットは無いので呼ばれたらそのまま乗車してくださいとのこと。

エアコンが効いているし、ジュースやスナック菓子も売っているので快適。
ここ、オススメです。

なんのことはない。
すぐに呼ばれて待合所前に停車している車両に乗るように言われます。


20_08


乗客は私含めて5人。
16:32出発です。

あ、食事するの忘れた! (T_T)


バーンポーン
方面ではなく、国道324号線で北東に進み、
Uターンして停車。時刻は17:00。


20_09


こんなところにも乗り場があるんだ。
パノム・トゥアン
(พนมทวน)というところのようです。

すぐに出発し、346号線を進んだ後、
カセサート大学カンペンセーン・キャンパスの交差点で右折し、
国道321号線マーライメーン通りを南下。

ここからはスパンブリーの帰りに通ったことがあります。
国鉄南線を渡り、シンラパーコーン大学サナームチャン・キャンパス横を左折。
国道4号線に出てかっ飛ばします。

その頃には夜の帳が下り始め…


20_20


戦勝記念塔、というかセンチュリーの裏手に停車した時には、
真っ暗になっていました。

時刻は、19:30。

ミャンマー国境のスリー・パゴダ・パスから
ほぼ丸々7時間かかったんですね ^_^;)

やっぱり遠いなー。


これにて、今回の旅も完結です。

必然的に泰緬鉄道や旧日本軍の足跡を中心に巡る旅となりましたが、
1泊旅であったこともあり、このシリーズ中もっとも刺激的な旅だったように
思います。

後日再訪した模様もそのうち綴りますので、どうぞ楽しみにお待ちください。
そして今回も最後までお付き合いくださりありがとうございました!


次回は、バーンケー方面のミニ・トリップの模様をお届けします!





<旅費交通費>
ロッ・トゥー:130バーツ
ここまでの合計:1,920バーツ

※旅は2014年4月1日(火)~2日(水)に行いました。 

元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)


おわり


カンチャナブリー帰り

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