タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~

タイ・バンコクや近県をバス、ソンテオなどの公共交通機関だけで日帰り旅をした様子を綴る旅行記です。
タイ料理屋台から水上マーケット、百年市場、日本の残した足跡まで無鉄砲に飛び回っています。 ※楽天ブログ『タイとタイ語に魅せられて』の1日旅の記事だけを抜粋しました。

クウェー・ノーイ川

チョンカイの切り通し カンチャナブリー市街への旅[4]

チョンカイ共同墓地から踏切のある交差点まで戻ってきました。

04_01

かつて泰緬鉄道だった国鉄西線ナムトック線)の線路伝いに
左の砂利道へ進んでみますか。

04_02

ありゃ、線路がどんどん高いところへ行ってしまいましたよ。
適当なところで自転車を停めて、仕方なく盛り土部分をよじ登ります。

04_03

左手にはクウェー・ノーイ川の川面が見えてますね。
それよりも前方をご覧ください。

04_04

チョンカイの切り通しChungkai Cutting)です。

時刻は、12:03。
場所は、ここ(グーグルマップ)。

さっき訪れたチョンカイ共同墓地一帯には1942年9月中旬に
日本軍によってキャンプが設けられ、すぐに捕虜と労働者を使って
この切り通しを切削する工事が始まりました。

04_05

泰緬鉄道の線路を通すため4メートル幅に岩山を削る工事は
1943年2月には完工したようですが、人手による掘削ですからね。
過酷な作業だったことでしょう。

04_06

チョンカイの切り通しを抜けて、反対側からも眺めてみました。

ヘルファイアパスのほうが無謀ぶりが甚だしいですが、
ここも相当なもの。

以前列車でここを通過したことがありましたが、
やはり直に訪れて眺めると迫力が違います。

さて戻りますか。

04_07

この盛り土部分もチョンカイのキャンプが作業を担当したんだそうで。

あ、右に下りる階段があるじゃないですか。
さっきは苦労してよじ登ったのに -_-;)

04_08

下は「クルア・クンオイ」(ครัวคุณอ้อย)という
レストランの敷地でした。

どうやらクウェー・ノーイ川の景色を楽しみながら
食事ができる店のようですよ。


自転車に再び跨り、さっき水を買ったカオプーン駅前の売店まで
戻ってきました。

04_09

この写真だと見えにくいですが、線路を越えた向こうの山の上に
金色の仏塔が建っているんです。

04_10

ズームしてみました。

次はあそこ、ワット・タムカオプーンに向かいましょう。

踏切を渡りほどなくすると上り坂に。

04_11

さすがに自転車を下りて押しながら登ります。

すると通り過ぎる対向車がクラクションを鳴らしました。
あ、さっきのイギリス人男性だ。
ワット・カオプーンに行くと言っていたので、
見学を終えて戻ってきたところなんでしょうね。


ここって沿道の茂みにおびただしい数の祠が不法投棄されて
いるんですよ。夜通ったらさぞかし怖いだろうな…。

04_12

5分ほどでお寺の入口に到着。

時刻は、12:16。
場所は、ここです。

本堂も仏塔も素通りして向かった先には、

04_13

←洞窟見学入口
 THIS WAY GO TO CAVE


との看板がありました。

このワット・タムカオプーンには
なんと鍾乳洞があるんですよ。
それを見に来たのでした。

受付で入場料20バーツを支払い、
入口へと向かいます。

04_14

チケットとともにタイ語・英語併記の
パンフレットもくれました。

それによるとここワット・タムカオプーンの歴史は長いものの
最も古い確かな記録は1870年に時の国王ラマ5世が船でここまで
行幸されたという記述だとか。

ちなみにワット・タムカオプーンの「カオプーン」は
「石灰岩の山」の意味で、この山の名称にもなっています。

「タム」は「洞窟」の意味。

なので訳せば、カオプーン洞窟寺、って感じですかね。


しばらく緩やかな上りの通路を歩いてきましたが、

04_15

ようやくあの右手が鍾乳洞の入口のようです。

川口探検隊世代としては、気持ちが高揚せずにはいられません(笑)


<旅費交通費>
貸自転車を漕いだだけなので:0バーツ
ここまでの合計:220バーツ

<参考>
『泰緬鉄道―機密文書が明かすアジア太平洋戦争』吉川利治著、同文舘、1994年

far-eastern-heroes.org.uk "Tarsao and Chungkai"

※旅は2016年5月27日(金)に行いました。

元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)


つづく


ワットタムカオプーン

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映画『レイルウェイ』&終点へ向けて 遅ればせながらの泰緬鉄道[6]

旧泰緬鉄道の現国鉄西線(ナムトック線)について旅行記を
書いているこのタイミングで、泰緬鉄道と関係のある豪・英合作映画
レイルウェイ 運命の旅路』がちょうど公開とのこと。

これも何かの縁、私は公開初日の4月19日(土)に早速観てきました。

ネタバレの無いように慎重に感想を述べさせていただきますと、
生き残った捕虜も、捕虜を酷使した側の日本兵も戦後
ずっと苦しんできたことに気付かされる映画です。

その苦しみはあの時あの場にいた人にしか理解できないんでしょう。
でもこの映画は、泰緬鉄道を取り上げた既存の他の何よりも
その苦しみの理解へと私たちを近づけてくれると思います。

泰緬鉄道建設現場や捕虜拷問の描写は、日本軍の野蛮さを
殊更に誇張するわけでもなく、間違いなくこういう状況だったのだろうと
納得のいくものなので、そういう意味では日本人が観ても不快な思いを
することは無いのではないかと。

映画での描写にしても実際の永瀬隆氏との対面にしても、
制作国がイギリス・オーストラリアで捕虜がイギリス人であったからこそ
こういう映画、こういう結末になったんでしょう。
 
今のご時世、文明国・大人の対応に学ぶべきことは多いと思います。

結末のお陰か、重いテーマにも関わらず観終えてずっしりと気が重くなるなんて
ことはありませんでした。タイ好きのみなさんなら観て損の無い映画ですよ。


ちなみにシンガポールからタイへの捕虜輸送列車を牽引する機関車として
登場するC56 15号機は、トンブリー機関区で動態保存されているものです。

この日記にも登場しています。


06_11


というワケで、映画によってまた見方の変わった旧泰緬鉄道
国鉄西線(ナムトック線)の旅へと戻ることにします ^^

タム・クラセー停留所を出発した列車は10分足らずで次の駅に停車。

 
06_01


ワンポー駅(วังโพ)です。
時刻は、13:29。

戦時中は、三角方向転換線、機関庫、給水塔がある重要な駅だったようです。
戦後すぐの1945年9月時点で毎日上下1列車ずつ運行されていましたが、
いずれもこのワンポー駅で一晩停車して翌朝先へ進んでいたんだとか。


06_02


この待避線は、当時の名残なんでしょうね。

戦後も1946年10月に引き揚げるまで、泰緬鉄道に従事する日本兵が
9千人近く残っていました。ここワンポーにも385人が残留していたんだとか。


ワンポー駅を出発すると、車窓は険しい景色に。


06_03


ジャングルですよ、もう。


06_10


眼下には蛇行するクウェー・ノーイ川が見えます。


06_04


おっと、短い切り通しが再び出現です。
そして通過。


06_05


手を伸ばせば、間違いなく届きます…。


ふとクウェー・ノーイ川対岸の山に目をやると、


06_06


立派な寺院の姿が。
あんなところによく建てたもんですね。


しばらくすると、また平原の風景に。


06_07


日本のよりも赤々とした色の赤土の畑が続きます。


06_08


そして林の中をのんびり抜けて山へと向かっていくと、


06_09


ん? 待避線に列車が。

車内アナウンスなんて無いので自分で判断するしかないのですが、
どうやら終点ナムトック駅に到着したようですよ。

時刻は、14:05。




<旅費交通費>
列車に乗っていただけなので:0バーツ
ここまでの合計:255バーツ

※旅は2014年3月31日(月)に行いました。

<参考>

つづく
 

カンチャナブリー

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