タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~

タイ・バンコクや近県をバス、ソンテオなどの公共交通機関だけで日帰り旅をした様子を綴る旅行記です。
タイ料理屋台から水上マーケット、百年市場、日本の残した足跡まで無鉄砲に飛び回っています。 ※楽天ブログ『タイとタイ語に魅せられて』の1日旅の記事だけを抜粋しました。

カンチャナブリー

海がないのにチュッカドーン・ビーチ カンチャナブリー市街への旅[最終回]

メークローン川べりのいかだレストラン「クルア・チュッカドーン」での
やや遅めのランチを済ませてから、

07_01

店入口目の前の船着場へ寄ってみました。

07_02

対岸は建物も少なくこっち側と景色が全然違いますね。
ちなみに右へと顔を向けると、

07_03

今さっき食事をしたクルア・チュッカドーンが。

さて、次の目的地へ向かいましょう。
時刻は、14:30。

船着場から少し上がった右手の路地に入ります。

07_04

左の木に

チュッカドーン・ビーチ↑

との標識が。
よし合ってるぞ。

途中犬の群れに吠えられたりしながら、
また現れた標識に従い、途中を右へと曲がり、
道なりに進むと、

07_05

あそこがそうみたいですね。
行ってみましょう。

07_06

チュッカドーン・ビーチ(หาดทรายชุกโดน)に到着~。

時刻は、14:33。
場所はここ(グーグルマップ)。

はい、海じゃないのにビーチがあるんです。
目の前はメークローン川。
海岸ではなく川岸にある、れっきとしたビーチです(笑)

07_07

子供用のアトラクションまでありますよ ^^

でもさすがにこんな炎天下、お客さんは人っ子一人いません。

07_08

一応、飲食物販売店や土産物店もありますよ~。

ビーチに来たからといって水遊びをするわけでもなく、
早々に切り上げて次なる目的地へ向かいましょう。

時刻は、14:40。


来た道を戻り、船着場前の上り坂を上り切ると目の前は、

07_09

チュッカドーンの市場です。

それこそ百年市場並みに100年は経っていそうな
木造商店街が両側に連なっていいます。

中を通ってみましたがなかなかの活気。
ここも観光地として売り出せますね~。

で、この角を左折して元のパークプレーク通りを戻って行きます。

ワット・チャイチュムポン・チャナソンクラーム
山門をくぐった左手に、

07_10

JEATH戦争博物館(JEATH War Museum)が。

時刻は、14:50。
場所はここ

さっきは素通りしたんですが、今度は寄っておきます。

左の受付で居眠りをしていたおばちゃんを起こして
入場料50バーツを支払います。
各国語の案内チラシが揃っているようで日本語版を頂きました。

チラシによると、ここは1977年に泰緬鉄道建設に関する
遺品の展示・保存のために設立されたんだとか。

JEATHとは、当事国Japan、England、
America and Australia、Holland、
Thailandの頭文字を取って、"DEATH"を連想させる
順番に並べたものなのだそうで。

残念ながら館内は撮影禁止。

あったのは、泰緬鉄道建設に従事させられた戦争捕虜の
収容施設を忠実に模した建物とその中に並べられた
泰緬鉄道建設に関する写真…。

あれ? さっきカオプーン洞窟出口で見た「戦争博物館」に
ソックリだぞ。写真もほとんどカブってるし。

異なる点は、こちらには「遺品」の展示があること。
あと連合軍機によって投下された不発弾も。

滞在10分弱で後にしました。

そろそろシメにしますか。最後に向かったのは、
朝訪れたパークプレークの古い商店街の一角。

07_11

バーン・スィッティサン(บ้านสิทธิสังข์, SITTHISANG RESTAURANT)
です。


時刻は、15:02。
場所はここ

築90年ほどのコロニアル様式の建物を使ったカフェなんですよ。
パークプレークの商店街では観光客に一番の人気店のようで。

ドアを押して入ると目の前にカウンターが。
カウンターの女性に、ハチミツ入りナマオジュースを注文。

07_12

店内はこんな女性が好みそうな雰囲気。
オシャレですよね。

07_13

炎天下で自転車を漕ぎまくってバテた身体に
ハチミツ入りナマオジュースは最高ですね。
生き返りました~。

この店、営業時間は08:00~18:00とのこと。


体力が回復したところでバーン・スィッティサンを出て、
自転車を返しに「Monkey Bar」へ。

そこから徒歩で表通りのセーンチュードー通りに出て、
適当なところでバスターミナルへ行くソンテオを待ちます。

が、しばらく待ちましたねぇ。

07_14

ようやくやってきました。
この通りを東へ走るソンテオなら、きっとどれでも行くでしょう。

時刻は15:57。

ソンテオはカンチャナブリー・バスターミナル
2本手前のソイに入って停車。
みんなが降りるので終点のようで。

時刻は16:00ちょうど。

まあバスターミナルは目と鼻の先なんですけどね。
向かおうとすると、正面奥に

07_15

デパートかな? 興味を持ったので向かってみると、

07_16

カノックカーン・デパートメントストア
(กนกกาญจน์ดีพาร์ทเม้นท์สโตร์)という
ローカル・デパートでした。

時刻は、16:03。
場所はここ

ちょうど下校時間なのか中高生がうじゃうじゃ出入りしてます。
館内1階はもっと中高生だらけでした。
なんでこんなに人気があるんだろ?(笑)

07_17

上の階にもそこそこいますね。
左の下りエスカレーター、2つとも全員が中高生です ^_^;)

うーん、他に娯楽施設がないからなんだろうか…。

そんな不思議なデパートを後にして、
今度こそカンチャナブリー・バスターミナルへ。

時刻は、16:16。
場所はここ

バスターミナルへ足を踏み入れたら、
「どこに行くんですか?」と男性に声をかけられたので
戦勝記念塔と答えると、

07_18

ロッ・トゥーの受付まで案内されました。
120バーツでチケットを購入すると、あと15分で出発しますと。

急いでトイレに入ってから、写真の右後ろの車に乗車。
16:35に出発です。


途中で何度か渋滞にはまったので多少時間がかかり、

07_19

BTS戦勝記念塔駅下で降ろされたのは、
3時間後の19:37でした。


これにて今回の旅も完結です。

カンチャナブリーの市街やその近郊には見どころが盛り沢山で
今回はクウェー川鉄橋付近までは訪れる時間がありませんでしたが、
それでも1日でかなり多くの場所を訪れることができました。

貸自転車を使うと効率的に回れますね。

今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました!


さて次回は、パープルライン沿線で行き残したスポットへ旅を
お届けする予定です(変更の場合あり)。


<旅費交通費>
ソンテオ:10バーツ
ロッ・トゥー:120バーツ
ここまでの合計:350バーツ

※旅は2016年5月27日(金)に行いました。

元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)


おわり

チュッカドーンビーチ

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クルア・チュッカドーン~川べりのレストラン カンチャナブリー市街への旅[6]

カオプーン洞窟のあるワット・タムカオプーンを後にして
来た道を自転車で戻ります。

時刻は、13:06。

06_01

下りは楽でいいや(笑)

国鉄西線(ナクトック線)の踏切を越えて、
そのまま真っ直ぐ走ります。

さっき訪れたチョンカイ共同墓地の横を通り過ぎ、
往路とは違う道でカンチャナブリー市街を目指します。

06_02

緑の多い直線道路が気持ちいい~。

06_03

しばらくして左手に現れた橋を渡ると、

06_04

橋の左手にはたくさんのボートハウスが!

これらって夜になると船に引っ張られてメークローン川に出て、
水上ディスコや水上レストランになるってことですかね?

そういえば数年前に、カンチャナブリーでは夜間のボートハウスからの
大音響の音楽騒音が問題になっているというニュースを見ましたが、
これだけの数があるんじゃ、そりゃ問題になりますよね ^_^;)

06_05

そして今度はメークローン川本流に架かる橋を渡ります。

対岸に見えている立派な塔のような建物は、
カンチャナブリー県出身で第19代大僧正となった
プラヤーンサンウォーン師(1913-2013年)の経歴を
紹介した記念館だそうです。

私は寄りませんでしたが…。


メークローン川を渡った先で右の路地に入り、

06_06

朝、古い町並みを見たパークプレーク通りに戻ってきました!

古い建物群の一帯とカンチャナブリー城門を通り過ぎ
さらに南東へと進むと、

06_07

パークプレーク通りにお寺の山門が建っていますよ。
ワット・チャイチュムポン・チャナソンクラームという寺で、
ここにカンチャナブリーの町ができた頃からあるようです。

が、ここも素通りして山門をくぐりさらに走ると、

06_08

再び両側に商店の連なる光景になりました。
で、突き当りを右折して緩やかな坂を下って行くと、

06_09

正面にはメークローン川渡し船の船着場が。
その右横が目的地なのです。

06_10

クルア・チュッカドーン (ครัวชุกโดน)というレストランです。
ここでランチにしようと思いまして ^^

時刻は、13:35。
場所は、ここ(グーグルマップ)。

ちはみにチュッカドーン(ชุกโดน)というのは、この一帯の地名。

太平洋戦争時、カンチャナブリーには日本軍が駐留し、
泰緬鉄道クウェー川鉄橋もあったことから連合軍機が
頻繁に飛来して爆弾を投下していました。

ここの集落にも誤爆なのかよく爆弾が落ちたのだとか。

それで住民たちは口々にこう言ったんだそうです。

ซุกก็โดน ไม่ซุกก็โดน (スック コー ドーン。マイ スック コー ドーン)
「隠れても(爆弾に)当たる。隠れなくても当たる」

この スック コー ドーン がいつの間にか訛って
チュッカドーン」という地名になったのでした。


そんな日本軍とも関わりのある地に立つこのレストランは、
ボートハウスのレストランです。

席に案内されて注文したのは2品。

06_11

ホイガタ(カキと玉子で包んだ鉄板焼き)

オイスターソースがベースの味かな?
日本人好みの味付けでとても美味しい!

06_12

こっちは料理名をうっかりメモるの忘れましたが、
プラークラポン(スズキ)の切り身を揚げた料理です。

ナムチムガイ(スイートチリソース)を付けて食べるんですが、
付けなくても軽く塩味が付いているので、さっぱりして
美味しいです。

両方とも大当たりでした!

それとライスにナムマナオ(ライムジュース)を頼んで、
〆て302バーツ。

ちなみに座席からの眺望はこんな感じです。

06_13

メークローン川の穏やかな流れは眺めていると癒されますよ。

時折、渡し船が対岸との間を行き来しているのが
またのどかでいいもんです。

06_14

バイクも載せて渡れるんですね。

06_15

対岸の船着場は、なんとも簡素な造り。


さて、遅めのランチを食べ終え一服できたので、
すぐ近くの次の目的地へと行きましょう!


<旅費交通費>
貸自転車を漕いだだけなので:0バーツ
ここまでの合計:220バーツ

<参考>
oknation.nationtv.tv "โครงการ หอพระประวัติ สมเด็จพระญาณสังวร สมเด็จพระสังฆราช สกลมหาสังฆปรินายก"
pantip.com "ชุกโดน ชุมชนเล็กๆ ในตัวเมืองกาญจน์"

※旅は2016年5月27日(金)に行いました。


元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)


つづく

クルアチュッカドーン

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カオプーン洞窟(カオプーン鍾乳洞) カンチャナブリー市街への旅[5]

カオプーン洞窟にいよいよ入ります!

05_01

入口の階段を下りていきましょう。
時刻は、12:23。

洞窟に入ると、いきなり広間があり、

05_02

涅槃仏が。
静かに参拝している人が何人もいます。

そして既にもうここから鍾乳石が姿を見せていますね。

ここのタイ語名称タム・カオプーン(ถ้ำเขาปูน)を直訳すれば、
カオプーン洞窟で、日本語の観光案内にもそう表記されていますが、
これが日本だったら「カオプーン鍾乳洞って呼ぶんじゃないかと。

まあ、細かいことはいいんですけど。

カオプーン洞窟には9つの広間があるんだとか。
で、この広間は「涅槃仏の間」(ห้องพระพุทธไสยาสน์)。

タイでは生まれた曜日ごとに仏像のかたちが決まっていて、
ラマ5世の誕生曜日の火曜日は、涅槃仏。

それもあってラマ5世は、1870年にワット・タムカオプーン
ここカオプーン洞窟に行幸されたようです。

05_03

一角にラマ5世の像と肖像画が飾ってありました。


先へ進んでいきましょう。

05_04

おぉ、予想以上に川口探検隊感があってワクワクしてきました。
身体を横向きにしたりかがんだりしないと通れない箇所があるんですよ。

立派な石柱や、天井からぶら下がった
仙人の髭のような
木の根の太い束などを見ながらなおも進んでいくと、

05_05

一段と大きな広間に出ました。
鍾乳石が見事ですね~。

05_06

一角には仏像も。

05_07

実はこの洞窟は太平洋戦争中、日本軍の倉庫として使われていたと
数多くの日本語ソースでは解説されています。
ただ出典元の一次資料が見つからなくて、何の倉庫だったのか
不明なんですよね。


さらにタイ語ソースではどれも日本軍が病院として使っていた
日本語ソースと異なる解説をしている点も興味深いです。

あるタイ語ソースではこの狭い階段を上った先の広間が病院として
使われていたとしているんですが、こんな暗い場所を病院にするかな?
というのが正直な感想です(今は電灯が付いていますが)。

チョンカイのキャンプには日本軍宿舎と捕虜収容所のほかに
病院もあったんですよ。だから近い場所にあえてさらに病院を
設けるってのも不自然ですし。

個人的には、日本軍が何らかの倉庫として使っていた説のほうが
説得力があるように思えますね。


そんないわくのある広間の横を階段で上って行くと、

05_08

出口だ!

金属の階段を登り切り地上に戻ってきました。
時刻は、12:40。

17分間の地底探検でした。

出口は入口と離れた場所のようです。
道なりに進んでいこうとすると、すぐの左手に

05_09

日本軍の捕虜収容施設を連想させる建物が。

看板に「第二次世界大戦博物館」と。
あー、やっぱり。

05_10

長い建物内には、泰緬鉄道関連の写真が展示されていました。

05_11

この写真には、
ラーチャブリー県のバーンポーン駅に列車で連行されてきた戦争捕虜
との説明があります。

帽子のかたちからして昭南島(シンガポール)から連れて来られた
オーストラリア軍の兵士達のようですね。

蒸気機関車のプレートをよく見ると、C56 23 と。
あ、この車輌見たことがあるぞ!

クウェー・ヤイ橋駅クウェー川鉄橋駅)前にC56 23号機が静態保存
されているんです。

05_12

ほぉ、泰緬鉄道建設にはゾウも使われてたんですか。
主な仕事はジャングルから木材を引っ張ってくることだった
と解説にあります。

そんな写真を一枚一枚見ているうちに出口に到着。

05_13

そこからこんな緩やかな下りの小路を進んでいくと、
ようやく洞窟入場受付がある広場に戻ってきました。

喉が渇いたので屋台でナム・マナオ(ライムジュース)を買ってから、
再び自転車に跨り、境内のさらに奥へと走って行くと、

05_14

見晴らしの良さそうなポイントが。

05_15

クウェー・ノーイ川が目の前で大きく蛇行している雄大な景色が
広がっていました。
右手が上流ですね。

ん? ということは…と視線を下げると、やはりあった!

見にくいですが左下の小屋の右手に元の泰緬鉄道
現在の国鉄西線ナムトック線)の線路が左右に走っているのが
少し見えているのがわかりますか?

ここから左を向くと、

05_16

こっちのほうが中央から右下へ真っ直ぐ線路が伸びているのが
はっきりとわかりますね。
隠れていますが、この左手があのチョンカイの切り通しになります。

さーて、昼を回っていることだし、
カンチャナブリー市街に戻ってランチとしますか!


<旅費交通費>
歩き&貸自転車を漕いだだけなので:0バーツ
ここまでの合計:220バーツ

<参考>
『カオプーン洞窟』タイ国政府観光庁
『タイにおける曜日毎の色と仏像』外務省
สำนักพุทธศาสนาจังหวัดกาญจนบุรี "วัดถ้ำเขาปูน"

※旅は2016年5月27日(金)に行いました。

元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)


つづく

カオプーン洞窟

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取水用引込線跡を探せ! カンチャナブリー市街への旅[3]

一時中断していた「カンチャナブリー市街への旅」を再開します。
のんびりしていたら本当に1年経ってしまいました ^_^;)

読んでいない方のために前回までの記事へのリンクを貼っておきますね。
カンチャナブリー城壁! カンチャナブリー市街への旅[1]
古い町並みパークプレーク カンチャナブリー市街への旅[2]

03_01

自転車を借りた店の前のクウェー川通り
(メーナム・クウェー通り)沿いには
ゲストハウスが並んでいます。

カオサンを静かにした感じですかねー。

夜はまた一変しそうな気がします。


サムローで来た道を自転車を漕いで戻り、

03_02

連合軍共同墓地の角まで来ました。
ここで左折するとすぐの左手に、

03_03

DEATH RAILWAY MUSEUM というところが。
どうせだから入ってみますか。

時刻は、10:15。

上記リンク先では名称が「Thailand-Burma Railway Centre」に
なってるんですよね。
「死の鉄道博物館」と「泰緬鉄道センター」の
どっちが正式名称なんだかわかりません ^_^;)


場所はここです(グーグルマップ)。

受付で入館料140バーツを払おうとすると、
「あなたはタイ語を話すからタイ人料金です」
と言われて20バーツで済んじゃいました。

渡されたチケットは140バーツのもの…。

ま、いっか(笑)


館内は、名称のとおり泰緬鉄道建設に関するパネル展示がメイン。
建設作業で使用した遺物の展示も多少あります。

ただ館内展示は撮影禁止なのが残念。

展示を見ていて、ティモンターという地点には2009年時点で
泰緬鉄道の木橋の残骸が残っているという興味深い事実を
知ったのが収穫ですね。現在はワチラロンコーン・ダムの島に
なっているところにあるのだと思います。

流して見て上の階のカフェまで来ました。
入館チケットと一緒に渡された黄色いチケットをカフェで渡すと
コーヒーを1杯無料でくれるんだそうで。

03_04

ということでホット・コーヒーを頂きました。
が、インスタントでした ^_^;)

他にはメニューにあるとおり食事もできるみたいですよ。


自転車のチェーンの鍵を館内で落として慌てて探し回った後(笑)、
再び自転車ですぐの表通りへ。

03_05

通りの反対側を奥へ行ったところが国鉄カンチャナブリー駅です。

あ、先に次の目的地の入口が見えてますね。

03_06

連合軍共同墓地(ドーンラック)です。
筋として寄っておいた方がいいと思いまして。

場所はここ
時刻は、10:53。

門には「KANCHANABURI WAR CEMETERY」と。

説明板によると、ここには主に日本軍の捕虜として泰緬鉄道建設に
強制的に従事させられ命を落とした
英連邦各国からの5,000人と
オランダ人1,800人が埋葬されているとのこと。


この中には以前訪れたサンクラブリーにあったニーケ駅とチャンガラヤ駅で
疫病で死亡し埋葬されていた300人やタイ各地に点在して埋葬されていた
11人、
インド軍墓地に埋葬されていた人も含まれます。
ここに移されたんだそうで。


さらに終戦時に病院で治療を受けていたもののその後死亡した人800人も。

泰緬鉄道建設は1942~43年だったのに入口の門には
「1939 1945」とあるのは、そのためなんですね。

03_07

綺麗な芝生と勢いよく水を撒いているスプリンクラーが印象的でした。


さて、次に自転車で向かったのは、
グーグルマップの航空写真を拝借して説明すると、

03_09

現在地」のポイント。

さっき自転車を借りたクウェー川通りと、
橋から伸びるスッジャイ通りとの交差点です。

実はここで2016年4月上旬、道路舗装をはがす工事中に、
道路面の30cm下から古い線路が出てきたんです。

長さは10メートルほど。さらに数百メートル離れた場所でも
同様に線路が出てきたんだとか。

地元に50年住む人の話では、昔、蒸気機関車に給水する水を
取水するためにカンチャナブリー駅からクウェー・ヤイ川まで
引込線があったとのこと。

それがいつからあったのか定かではないんですが、
日本軍が泰緬鉄道の蒸気機関車に給水するために
敷いた線路ではないかと話題になっているんです。

だってカンチャナブリーに最初に鉄道を通したのは
日本軍ですからね。泰緬鉄道として。

このニュースを伝えるVoice TVウェブサイトの動画では、

03_08

まさにこの写真の中央に縦に線路が走っているんですよ。

背後がクウェー・ヤイ川を渡る橋の方向になります。
つまり北を見た写真です。

今回のこの旅の一番の目的はこの線路跡を見ることだったんですが、
既に工事は終わってて残念!

しかし元のまま埋め戻されたのか、取り除かれてしまったのかが心配です。
ニュースの中では、戦争中のものだと確認できれば保存も検討したいとの
カンチャナブリー市長のコメントも伝えていますが。

ちなみに2つ前の航空写真で黄色い線を引いたすぐ上を
よく見ていただくと分かると思うんですが、
今でもかつての引込線の跡を辿るように道路があるんですよ。

自転車でずっと辿ってみましたが発見は何もありませんでした。


気持ちを切り替えて先に進みますか(笑)

03_10

そのままスッジャイ橋クウェー・ヤイ川を渡っちゃいます!
時刻は、11:12。

こっちは下流側。
で、上流側をズームで望むと、

03_11

戦場に架ける橋」ことクウェー川鉄橋が見えました。
日本軍は当時「メクロン河永久橋」と呼んでいたみたいですね。

橋を渡り切ると、のどかな田舎の集落の光景が広がっていました。
そんな中をのんびりと自転車を漕いでいきま~す。

03_12

いい感じですね~。


しばらく進むと国道3305号線に出ました。
この通りを左にしばらく進むと、

03_13

右手にかつての泰緬鉄道で現在の国鉄西線(ナムトック線)の線路が現れ、
あ、見えてきました。

03_14

カオプーン駅(ที่หยุดรถเขาปูน)です。

時刻は、11:32。

泰緬鉄道当時、日本軍はこの駅を「カオポン」駅と呼んでいました。

03_15

時刻表を見ると、なんと1日に1往復しか
この駅に停車しないじゃないですか!

うーん、時間からして通学用かな。

駅前唯一の商店でPETボトルの水を購入してから、
この先の踏切前の十字路を左折して道なりに少し走ると、

03_16

右手に緑が綺麗な一角が見えてきました。

03_17

チョンカイ共同墓地(Chungkai War Cemetery)です。

場所はここ
時刻は、11:43。

03_18

連合軍のもう一つの共同墓地で、英連邦1,400人、オランダ300人の捕虜が
埋葬されています。元々ここは1942年に捕虜達自身が設けた埋葬地だったのだとか。

ここで車で来ていた60代イギリス人男性に英語で声をかけられました。
「どこから来たの?」

(ギクッ…) 日本からです。

その返答にも笑顔を変えずに逆に気を遣ってくれたのか
色々と話しかけてきました。これからどこへ行くのかとか。

「私もこれから行くところだよ」

そんなところ良く知っているなあと感心しながら
「Good Luck!」とお互い言い合って別れました。

男性はさすがイギリス人と言うべきか、紳士でした。
私もかくありたいものです。


<旅費交通費>
貸自転車を漕いだだけなので:0バーツ
ここまでの合計:220バーツ

※旅は2016年5月27日(金)に行いました。

元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)


つづく

チョンカイ共同墓地

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古い町並みパークプレーク カンチャナブリー市街への旅[2]

カンチャナブリー城門を出たところから、
城壁に沿って古い町並みが続いています。

02_01

パークプレーク(ปากแพรก)という、1831年にカンチャナブリーの町が
現在地に造営された当初から華僑やベトナム人が移り住んで
できた商店街です。

パークプレークとは「水の流れの分岐点」の意味。

メークローン川を遡ってきたら、ちょうどこのポイントで
クウェー・ヤイ川クウェー・ノーイ川に分岐するから
そう名付けられたんでしょう。

またの名をバーンヌア(บ้านเหนือ)とも言います。
城内の南側になるのに「北の集落」とはなぜなんでしょうね ^_^;)

さあ、このパークプレーク通りを北西へ歩いてみますか。

02_02

沿道にはざっと築90年前後の趣のある建物が並んでいます。
多くは中国とヨーロッパの影響を受けたシノ・ポルトガル様式。

歴史的価値のある建物の前には行政が設置した
黄色い案内板が立ってます。

02_16

この建物は1917年築のブンポン邸(บ้านบุญผ่อง)。

ブンポン氏は太平洋戦争中、泰緬鉄道建設用枕木納入の入札で
落札したことをきかっけに日本軍相手に商売をした人物です。
日本軍が必要とする物資の手配を引き受けていたんだとか。

でも捕虜収容所に配達に行った際に連合軍捕虜の扱いの悲惨さを
目にしたブンポン氏は、捕虜に対して融資や必要物資の手配で
密かに協力するようになりました。

なんでも日本軍への物資を詰めた箱や行李に捕虜宛の物や手紙を
うまく隠して渡したんだそうで。

また暗号で捕虜とやり取りをして、連合軍に爆弾投下を
避けるポイントを伝えたりもしていたようで。

その功で、戦後ブンポン氏はオーストラリアとイギリスから
勲章を授与されたんですよ。TVドラマにもなったみたいです。

02_03

窓の格子やベランダの欄干の細かい装飾に
当時の商人の粋と繁盛ぶりを感じますね~。

02_04

このビルも相当古そうですが、3階の窓が色ガラスに
なっているところがシャレてるではないですか。

案内板を読むと「カンチャナブリー・ホテル」と!

「1937年築で当初の宿賃は2-4バーツ、
 20年ほど前に値上げして1人60-70バーツに」

って安っ! 今でも営業してるんですか!

宿泊客は主にカンチャナブリー奥のトーンパープームや
サンクラブリーからの木材商人、会議で来た公務員、
ミャンマー国境付近に住む少数民族と書いてあります。

ディープだなー。

02_05

お、英語で「HOTEL ENTRANCE」って確かに書いてあるぞ。
剥げかかってるけど。

店の看板にはタイ語・英語の他に漢字で「北碧旅店」とも。
カンチャナブリーって中国語でそう言うのか。

あ、場所はここです(グーグルマップ)。

02_06

向かいのここはフアホン商店(ร้านฮั้วฮง)。
カンチャナブリーホテルと同一オーナーの建物で1919年築。
綺麗に修繕されてますね。

とても全て紹介しきれませんが、
こんな感じでコロニアル風なレトロな建物が
道の両側に多く残っているんですよ。

02_07

ん? 右手の中国廟と木造の大きな家屋の間に
なにやら青い看板が掲げられてますね。

02_08

生鮮市場!
入口なのか。こりゃ入ってみないと(笑)

02_09

奥はそのとおり、賑やかな生鮮市場でした。

02_10

突っ切って反対側に出て振り返ります。
活気があっていいですね。

実はパークプレークの商店街を歩いたのには
貸自転車屋を探すという目的もあったんです。
でも結局見つかりませんでした。

自転車を借りたいんですよねー。
どうしようかな。

02_11

ふと目に留まったサムロー。

漕ぎ手らしきおじさんが横でピックアップトラックに
荷物を積み込んでいます。

すみません、貸自転車屋が近くにあったら
連れて行ってもらえませんか?

「あるよ。ちょっと待ってね」

サムローに乗って待っていたら、
荷物を積み終えたおじさんがやってきて発進~!

02_12

おじさん、酒クサイです。
しまった。不安になってきたぞ -_-;)

思っていたより貸自転車屋は遠く、サムローはズンズン走って行きます。
あのまま歩いて探していたら絶対に発見できなかっただろうな。

02_13

「ほら、あそこは連合軍共同墓地だよ」

指を差して教えてくれます。
裏手を通っているわけですね。

しかしあまり酔っぱらってないようでよかった ^_^;)


そうこうしていると、英語の看板が溢れた通りに入って行きました。
こんなところにゲストハウス街があったのか。

「ここだよ」

と右手の店の前で停まります。

02_14

ありがとうございました!
運賃50バーツを渡してお別れ~。

02_15

MONKEY BAR&RESTAURANT という
バーレストラン兼貸自転車屋でした。

場所はここ

店の主人に声をかけると、
1日50バーツとのこと。

店先の自転車にチェーンの鍵を付けて貸してくれました。

この自転車で町を巡った後、ちょっと遠出もしますよ~!



<旅費交通費>
サムロー:50バーツ
貸し自転車:50バーツ
ここまでの合計:220バーツ

<参考>
tourmuangkan.com "สถาปัตยกรรมบนถนนสายปากแพรก"
paiduaykan.com "ถนนปากแพรก กาญจนบุรี"

※旅は2016年5月27日(金)に行いました。

元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)


つづく

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