タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~

タイ・バンコクや近県をバス、ソンテオなどの公共交通機関だけで日帰り旅をした様子を綴る旅行記です。
タイ料理屋台から水上マーケット、百年市場、日本の残した足跡まで無鉄砲に飛び回っています。 ※楽天ブログ『タイとタイ語に魅せられて』の1日旅の記事だけを抜粋しました。

意外と地味じゃないナコンナーヨックの旅<2013年>

意外と地味じゃないナコンナーヨックの旅[1]

バンコク西方のラーチャブリーの旅で山を見てきました。
そこでふと、じゃぁバンコク東方の山も見てみたいなと思い調べてみると、
どうやらナコンナーヨック県まで行けば山を眺められるらしいことが判明。

ということで今回の目的地はナコンナーヨックに決定!

決定してから見どころを調べたのですが、
滝やらダムやらばかりが多く外国人観光客には地味な印象が…。

でもです。よくよく調べると興味深いスポットがいくつもあったのでした。
滝やダムは今回はパスしてそんなところを巡ってみることにします!


出発は8月16日(金)。

まずは戦勝記念塔へ。南東ゾーンでロッ・トゥーを探すと、
とあるカウンターにナコンナーヨックとの文字が。

ナコンナーヨックに行きたいんですが。

ナコンナーヨックですね。90バーツです」

その場で支払うと、

「あの車です。すぐ発車しますよ」

と、ハザードを付けている車を指差しました。


01_01


窓には、
カビンブリー ナレー交差点-チャンタカーム
とあるだけで、ナコンナーヨックと一言も書いてないんだけど本当にこれでいいの?

不安に感じつつも乗り込みます。
カウンターで貰ったカードをまじまじと読んでも、やはりナコンナーヨックの文字は無し。


01_02


言ってたとおり本当にすぐに出発。時刻は08:30。


心配だったので、地名は聞いたことがあるもののどこにあるのか知らなかった
カビンブリーをiPhoneでグーグルマップを使って慌てて調べます。

なるほど、ナコンナーヨックから右折するとカビンブリーなのか。
じゃ、通るってことですね ^_^;)


ロッ・トゥーはウィパワディー・ランシット通りを北上、
ドンムアン空港を通過してフューチャーパーク・ランシットのジャンクションから
国道305号線ランシット-ナコンナーヨック通りに入り
東北東へとまっすぐ爆走していきます。

この通りってランシット運河沿いにずっと伸びていいるんですね。


01_03


ちょっと分かりづらいですが、右手にランシット運河が。
時折、味のある木橋が架かってるんですよ。

で、09:52、右手に聳える白亜のビルは
シーナカリン・ウィロート大学オンカラック・キャンパスのようです。


01_04


私は十数年前にスクンビット・ソイ23奥にある
シーナカリン・ウィロート大学でちょこっと大学生をしたことがあるんですが、
在学中はこっちのオンカラック・キャンパスへは終ぞ来る機会がありませんでした。

今になってその前を通過するとは。ちょっぴり感傷に浸ってしまいました。

そういえばオンカラックナコンナーヨック県ではないですか。
あとちょっとで到着ですね!


しばらくすると左側の車窓に山並みが見え始めました!
やはり東側で山が最初に見えるのはナコンナーヨックなんですね。
でも右側座席に座っていたためうまく写真が撮れず -_-;)

運転手が私のほうを向いて、
ナコンナーヨックで降りる人、どこで降りますか?」と。

病院前で降ります。

事前に調べておいて良かった~。


そしてロッ・トゥーはナコンナーヨックに到着。


01_05


時刻は、10:20。
戦勝記念塔から1時間50分と思ったよりも時間がかかりました。

来た方向を眺めます。


01_06


この通り、305号線の反対側にナコンナーヨックの中心部が広がっています。
後で見ることにして、まずは腹ごしらえを。朝食まだなんですよー。

「病院前」と言って降りたここは、


01_07


ナコンナーヨック病院の前。

病院なら食堂がきっとあるはず。中に入って案内板を頼りに食堂へ。
あった! ここみたいですが…


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食堂というか屋台というか。しかも営業しているのは、


01_09


この1店だけ!(笑)

まぁとにかく腹が減ったので何でも食べられればいいや。
ガパオ・ムー(豚挽肉のバジル炒めのせご飯)を注文。30バーツ也。


01_10


へぇ~、カオマンガイみたいにスープが付くんですね。これは初めてです。
味は美味しかったですよ。十分に合格点!


さてさて、このナコンナーヨック病院に来たのには
実はもう一つ理由があるんですよ。

iPhoneで開いたグーグルマップの航空写真をご覧いただきたいのですが、


01_11


中央の青い丸が現在地の食堂(笑)
で、病院の敷地の上部に注目して欲しいのですが、不自然に円弧を描いてますよね?

これは私の見立てでは、昔この円弧の線に沿って町の城壁があったはずなんです。
城壁の始点・終点の寺院と川、町の広さを勘案すると間違いないと思います。

調べたところ、ナコンナーヨックの城壁はアユタヤ時代に王の命で破壊されたものの、
破壊しつくされずに基礎部分が低く残っていて、20世紀初頭までは城壁の跡が
はっきり確認できたとのこと。

でも、今でも右側に記した黄色い「←」の場所に城壁跡が残っているのでは!?
と推測してそれを確かめに行こうと。


食事を終えた私は、病院を出て305号線沿いに病院の右隣の空き地へ向かいます。


01_12


草地に分け入って行くと、


01_13


はっきりとは分かりませんが、この右手の雑草の列がやや不自然ですよね。
低い盛り土の上に生えているように見えます。
雑草に覆われているのでこれ以上は確かめられませんでしたが。


んー、微妙に空振りかな?(笑)


でもこの手前でこんな光景を目にしたんですよ。


01_14


綺麗な花が咲き乱れていました。
これ、砂地に縦横に延びたツルから咲いているんです。
面白いですね。なんていう花でしょう?





<交通費>
ロッ。トゥー:90バーツ
ここまでの合計:90バーツ

※旅は2013年8月16日(金)に行いました。
元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)


<参考>
www.amphoe.com(タイ語)


つづく


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宝くじに超ご利益のある寺へ 意外と地味じゃないナコンナーヨックの旅[2]

次の目的地へと向かうために再びナコンナーヨック「病院前」の待合所に。

ワット・プラーンマニーというご利益がとてもあり、
ナコンナーヨックに来たら必ず参拝すべしと言われているお寺に行こうと。

事前にネットで情報収集して分かったのは
「白いミニバスがナコンナーヨックから国道3049号線を走っている」
ということだけ。

具体的にどの辺り発でどこ行きなのかも分かりません。
本当に走っているのかという不安が少々…。


待合所で待っているとすぐに一台のロッ・トゥーが現れました。

「この車ですよ。ワット・ルアンポー・パークデーンに行きます!」
「ありがとうねぇ」

そんな会話を、待っていた男性とおばあさんが交わしているじゃないですか。

ワット・ルアンポー・パークデーンとは、
なんと私が行こうとしているお寺の別名なのです。

渡りに舟! 私も乗り込んじゃいましょう!(笑)


02_01


時刻は、10:56。


窓には、ナコンナーヨック クンダーン・ダム 第1-16運河 と。
なるほど、国道3049号線の奥にあるクンダーン・ダムまで行くのか。


国道305号線ナコンナーヨックから国道3049号線
名を変えた道を北東へと疾走していきます。


すると、途中で右折してあぜ道のような細い路地へと。
なんと、ワット・プラーンマニーの入口前に横付けしてくれました。

前もって運転手に頼んでおけばここまで入ってくれるんですね。
運賃20バーツを運転手に払い、おばあさんの続いて下車します。


02_02


時刻は、11:02。

ロッ・トゥーを見送ります。


02_03


ロッ・トゥーの先に見える白い山門は国道3049号線沿いに建っています。
それよりも、やっと山並みがはっきり見えましたよ!


入口横の道沿いには…


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牛やゾウがズラ~っと。
ぱっと見が本物に見えて一瞬驚きました ^_^;)
きっと檀家さんの寄進なんでしょうね。


さて、ワット・プラーンマニー (วัดพราหมณี) に入りますか。


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参道を進むうちに売店が並び始めました。


02_06


来るまでの沿道でもそうだったんですが、マナオやソムオー(ざぼん)を売る売店が
目につきますね。ナコンナーヨックの特産品なのかな?


しかしお寺にまで銀行のATMがあるのがなんとも… ^_^;)


まっすぐ進んだ右に本堂がありました。
その前にお参りセット売り場が。


02_07


20バーツの1セットを買いつつ、売り子のおばさんにとある場所を尋ねてみました。
ちょっと歩いてみたのですが見当たらなかったもので。

「あとで案内してあげるから、まずはここでお参りを済ませてね」

ありがとうございます。ではちょっとお待ちください~。


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ラマ5世期の創建だそうで、100年余りといったところですか。
有名なお寺のわりに小ぶりな本堂ですね。

実はこのお寺に参拝した人の中に宝くじに当たった人が続出したそうで、
それで土日ともなると観光バスを連ねてご利益にあやかろうとする人たちが
各地からわんさとやって来るんだそうです。

なんと言うか、まぁ、いいんですけど ^_^;)


私は違うことの願掛けをしようと思います。

手前でロウソクと線香に火を付けて差し、祈ってから本堂内に入ります。


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巨大なロウソクに圧倒されつつ、花輪をお供えして奥へ進みます。


02_10


手前のヤマタノオロチのような神様はなんでしょう?
ワット・プラーンマニーのプラーンマニー (พราหมณี) とは
「女性のバラモン」の意だとか。バラモン教の神様なんですかね。

周りにある仏像に金箔を貼ってお供えセット使用完了。


奥の最上段に鎮座している仏像はランサーン様式で、
昔ラオスのビエンチャンからここへ移されたんだとか。

この写真では分からないんですが、上唇が赤い色をしているんですよ。
なんでも色を塗ったわけでもないのに、長い年月を経ても鮮やかな赤色のままだそうで。

ここの別名ワット・ルアンポー・パークデーン=赤口本尊寺は、
この仏像に由来しているんです。


そんな唇の色にちなんでか、


02_11


お供え物にナムデーン (น้ำแดง) と呼ばれる赤い色のジュースが大人気。
中には1ケース丸ごとお供えする人もいるんだそうで。

元々タイではナムデーンを神仏にお供えする風習があるのですが
(どうも昔は自分の血だったのが近代に代用されるようになったようです)、
赤い唇にちなんでなおさらナムデーン人気が高いんでしょうね。

どうかみなさん、宝くじに当たっていますように… ^^


あれ? 私のお供えセットにはナムデーンが無かったぞ。
違うバージョンのお供えセットが売られているのかな。ま、いっか。

さて、いよいよここに来た本来の目的の場所へ!





<交通費>
ロッ・トゥー:20バーツ
ここまでの合計:130バーツ

※旅は2013年8月16日(金)に行いました。
元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)

<参考>
新聞『コムチャットルック』2012年3月23日付け(タイ語)
↑このページの左上の写真が、仏像の唇の赤い色が分かりやすいと思います。


つづく


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旧日本軍第37師団慰霊碑 意外と地味じゃないナコンナーヨックの旅[3]

ワット・プラーンマニー、別名ワット・ルアンポー・パークデーン本堂での
参拝を済ませた私は、お参りセット売店のところへ戻ります。

売り子のおばさんはニコニコしながら早速私を案内してくれます。


ここに日本人は来たりしますか?

「沢山来るわよ。日本の軍人だと思う」

まるで自分だけが知っている秘密を明かすんだとでも言いたげな顔つきで
私の目を凝視しながら教えてくれました。

自衛隊に違いない。
自衛隊の人達が連れ立って、今でも慰霊に訪れているんでしょう。


土産物店の連なる道を右にはずれたところで「ここよ」とおばさん。

あ、本当だ!

「これをお供えしてね」と花を差した花瓶を渡してくれました。

ありがとうございます。
花代と案内してくれたお礼も兼ねて100バーツ札を手渡そうとすると
断るではないですか。感謝の気持ちですと伝えてようやく受け取ってもらえました。

「じゃ、私は戻るね。サヨナラ」

さよなら ^^

最後は日本語で嬉しいじゃないですか~。
受け取った花をお供えし手を合わせます。


03_01


ここはというと、


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第三十七師團慰霊碑

白い祠の中に建っています。


なんでこんなところに? と思うかもしれませんね。

太平洋戦争の末期、インドの英印軍に打撃を与えるはずが逆に英印軍の
ビルマ進攻を許し退却することになったインパール作戦の大失敗の後、
日本陸軍はタイで英印軍を迎え撃つ作戦に変更を余儀なくされました。

バンコクでは連合国軍の爆撃が激しくなっていたこともあり、
陸軍は最終決戦の地をこのナコンナーヨックに定めたのです。

理由は、山があるから。
山間部に洞窟を掘るなどして要塞化を図ろうとしました。

タイ国内やビルマに展開していた部隊が続々とナコンナーヨックに集結します。
その中に第37師団もいました。

第37師団はなんと中国の山西省西南部普南からはるばる南進してきたのです。
途中ベトナムでは、フランス領インドシナからフランス軍を駆逐し、
ベトナム、カンボジア、ラオスを独立させる「明号作戦」(1945年3月9日)に参加、
成功に導きます。勇猛な師団だったそうで。

ナコンナーヨック入りした時の兵力は約1万。軍馬を3,100頭携えていました。


しかし英印軍との戦闘になる前に終戦。
この地に駐屯していた各部隊はそのままこの地で抑留されます。

と言っても大多数の兵は塀の中に囚われるでもなく、
畑仕事などをしながらのんびり暮らし、翌46年日本へ復員したのでした。


この碑は、第37師団の戦友会が、命を落とした兵と軍馬を慰霊するために
1989年3月25日に建立されました。

立派な慰霊碑です。
ふとなぜか天井が気になったので見上げると…


03_03


うわぁっ! 思わず声が出てしまいました!


右手に建っている碑誌を文字起こししてみます。
改行位置は原文どおりにましたが、読み易くするため段分けをしてあります。


日本旧陸軍 第三十七師團碑誌

 第三十七師団(冬)は 一九三九年(昭和十四年)三月二十五日
九州で編成 中国山西省普南へ出征して警備に任じ 次いで一九四
四年春 中国縦断の大陸打通作戦に参加して南進した

 すなわち中国運城から南へ征旅一万四百余粁 千山万岳を踏破し
仏印を経てタイに入り一九四五年夏 英印軍との最後の決戦に備え
てこのナコンナヨックに進出した 図らずも同年八月十五日終戦

点を仰いで長恨極まりなく武器を捨ててこの地に駐留し力尽きて倒
れし多くの兵馬をこの地に埋めて 一九四六年 故山に復員した
先の大戦において昔しくも戦没せし殉国の師団将兵七九二〇柱と
師団軍馬四三七六頭の精霊を祭り わずか七歳で消滅した歴戦の師
団と軍旗三旗を偲び 併せて大戦間失われし彼我幾多の犠牲を悼む
と共に 永遠なる平和への思いをこめて この碑を建てる

 このナコンナヨックは 師団終焉の記念すべき地であり 師団が
ここに駐留間 タイ王国官民から賜わりし温かい友情と この碑建
設に尽力下されしナコンナヨック郡役所及びプランマニー寺のご厚
意に対し 深く感謝の意を表する そしてこの碑が 末永く日本と
タイ王国との親善の礎石となることを祈る

  一九八九年三月二十五日(第三十七師団創立五十周年記念日)
               第三十七師團慰霊碑建設奉賛会



師団創立50周年にあわせて建立したんですね。

ちなみに「冬」とは、第37師団の兵団文字符です。

兵団文字符は、師団や独立混成旅団などの大きな部隊に名付けられました。
元々は部隊名を秘匿するためのものだったのが、愛称的に用いられたりもしたようです。

ちなみに第37師団には「冬」兵団のほかに、
大陸打通作戦時に付けられた臨時の略号「光」兵団という呼称もあります。


03_04


慰霊碑の裏面には、

一九八九年(平成元年)三月二十五日 建立
    第三十七師団創立五十周年記念日)
   第三十七師團慰霊碑建設奉賛会
           会長 山中 貞則


とありました。

背後には仏像も鎮座しています。


そうそう、碑誌にある「軍馬」については機会があれば
ちょっと綴りたいと思います。


ワット・プラーンマニーに来た目的を済ますことができたので、
次の目的地に向かうとしますか。

来た時とは違う門から出てみます。
目の前にはだだっ広い無料駐車場を備えた土産物店群がそこかしこに。


03_05


衣服が目立ちますが、わざわざここまで来て買うんですかねぇ?
もうちょっとこの地ならではのものを売ったほうがいいようにも思えるんですけど…。


表の国道3049号線を目指しててくてく歩いているとまたもや牛さん模型が~。


03_06


遠くに山並みも見えて、なんとものどかな景色です。
こっちの参道沿いにも


03_07


入口まで延々と連なっています ^_^;)

途中でこんなものも発見!


03_08


これってシロアリの巣ですよね?
初めて実物を見ましたよ。


入口近くまで歩いてきたところで、でっかい観光バスが通過。


03_09


しかも2台も。
「バスを連ねて参拝に来る」ほどの人気ってにわかに信じられなかったんですが、
この光景を見て信じざるを得ませんでした。凄い人気ですね、ワット・プラーンマニー

寺の門から歩いて5分で国道3049号線に出ました!


03_10


「お帰りの道中どうぞお気を付けて」と。

時刻は、11:36。


次の目的地は、目と鼻の先です(笑)





<交通費>
歩いただけなので:0バーツ
ここまでの合計:130バーツ

※旅は2013年8月16日(金)に行いました。
元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)

<参考>
『瀬戸正夫の人生(下)』瀬戸正夫著、東京堂書店、2001年
「長い旅路」『平和の礎』第3巻、独立行政法人平和祈念事業特別基金(PDF)


つづく


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ローンクルア市場 意外と地味じゃないナコンナーヨックの旅[4]

ワット・プラーンマニーの参道から国道3049号線に出たところで左を向くと、


04_01


すぐのところに観光バスやら自家用車がうじゃうじゃ停まっています。
ここは何なのかと言うと、


04_02


ナコンナーヨック・ローンクルア市場 です。

ローンクルア市場とは、カンボジア国境の町アランヤプラテートにある
タイ東部最大の市場の名。本家とは何の関係も無いんですが、あやかったんでしょう。
○○銀座みたいなもんですね。

本家ローンクルア市場は古着で有名で、ビンテージのジーンズが流行った頃は
日本からも業者が買い付けに行くほどだったようですが、ここはどうなんでしょうか?
入ってみましょう!

時刻は、11:38。


04_03


入口付近には、タイ産ワインやフルーツジュースの店が。
前々回の旅の教訓で、熱中症対策にとグレープ・ジュースを一本ゴクリ ^_^;)

その奥にはお菓子の店が。別にナコンナーヨック産ってわけじゃないようです。
そんな中で見かけたのがコレ。


04_04


味付け海苔なんですが、商品名表記が片仮名っぽくデザインされていて判読に苦労しました。
「AKINORI」とアルファベットで書かれているようで -_-;)


さらに奥へと進んでいくと、衣服を扱う店が多くなりました。古着ではないっぽいですね。
その奥には食器などの日用品を扱う店が。


04_05


奥行きが思った以上にあります。100m近いんじゃないでしょうか。
雰囲気だけはチャトゥチャクっぽいです。


さまざまな商品を扱ってはいるんですが、欲しくなるものがちっとも無いんですよね。
他のお客さんも「あまり何も無いね」と言っているのが耳に入りましたし。

きっとワット・プラーンマニー参拝客をメインに、サリカの滝などの
観光客も取り込むつもりでここに開いたんでしょうけど、
商品のラインナップを考え直したほうがもっと儲かると思いますよ~。


早々に飽きてしまったので、ナコンナーヨックの市街地へ向かうとしますか。
ナコンナーヨック・ローンクルア市場前で何か来るのを待ちます。


04_06


すると、7,8分でロッ・トゥーが登場。
間違いなくナコンナーヨックを通るだろうから乗っちゃいます!

時刻は、11:53。


国道3049号線を進んでいった途中で分岐している道を狙い定めて撮影。


04_07


右がワット・プラーンマニー方面、左がナコンナーヨック市街地方面です。
で、分岐して北北西に伸びているこの道ですが、旧日本軍が敷いた道なんですよ。
後でもう一本、同様の道が登場します ^^


病院前で停めてください。
早めに運転手にそう伝えておいたら、しっかりナコンナーヨック病院の反対側に停車。


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時刻は、12:01。


そのまま前方で歩いて最初の交差点を左折。
チャイパン通り (ถ.ไชยพันธ์) というようです。


04_09


左に停車しているのは、ナコンナーヨック発のロッ・トゥー。
帰りはあれに乗りますか。


暫く歩くと右手に市場が。


04_10


路地の左側に連なっています。
ついつられてこの路地に入ってみました ^_^;)

ちょっぴりスラムっぽい連なる露店が終わると、


04_11


壊しているのか改修しているのか微妙な市場風ビルですが、
こんな状態でも中では商店が営業中。
頽廃感がすさまじいですなぁ。


そのまま西に抜けて、パーニット・チャルーン通り (ถ.พาณิชย์เจริญ) に出ました。
取り敢えず川が見たくて左(南)にずんずん進むと、


04_12


橋に出ました。ナコンナーヨック川を渡る橋です。
上ってみますか!





<交通費>
ロッ・トゥー:20バーツ
ここまでの合計:150バーツ

※旅は2013年8月16日(金)に行いました。
元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)


つづく


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ナコンナーヨック市街地 意外と地味じゃないナコンナーヨックの旅[5]

ナコンナーヨック中心部の市街地西寄りを南北に貫くパーニット・チャルーン通りを
南へと歩いて、橋に出ました。

橋の下には、

05_01


ナコンナーヨック川が流れています。意外と小さな川ですね。
右端のほうに舟が浮かんでますが、漁でもしてるのかな?


橋上から振り返って、歩いてきたパーニット・チャルーン通りを眺めます。


05_02


この通りがナコンナーヨック市街地一番の目抜き通り。
と言っても市街地は約500m四方程度ととても狭いんですよ。

ナコンナーヨック病院反対側からこの橋まで歩いてきた私は、
その狭い市街地を端から端まで歩いてきたことになります ^_^;)


さて、橋を戻って右に曲がってみます。
するとこんな建物が。


05_03


ホテル、と書いてありますね。
これまた見るからに何か出そうな雰囲気…。


この道の右側は、ラマ9世公園になっていて、その東端に


05_04


国柱廟(サーン・ラックムアン)が佇んでいました。

中に入ろうとすると、


05_05


おばあさんが黙々とほうきで掃き掃除。
まだ掃除中だから中に入るなと無言のプレッシャーをかけられている気がして
そのまま階段を引き返した私でした -_-;)


ちなみにこの国柱廟、今までに2回も移転しているんですよ。
その間に柱自体も交換されています。

街の大部分から頽廃的で何かが淀んでいるような印象を受けるのは、そのせいなのでは?
…なんて言ったら怒られそうですが。


再びパーニット・チャルーン通りに戻り、途中の川沿いにある
ワット・ポー・ナコンナーヨックに着いた頃には、


05_06


雲行きがかなり怪しくなって、雨がパラパラと舞い始めました。
まだ傘を差すほどじゃないものの、ヤバイなこれは。

先を急ぎたいけど、取り敢えずランチにしますか。
パーニット・チャルーン通り沿いのこの店に入ることに。
時刻は、12:35。


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通りの景色が見える席について、カオマンガイを注文。


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味は…ごく普通でした ^_^;)


食べながら考えます。

ナコンナーヨック中心の市街地をざっと歩いてきましたが、
観光スポットらしいところは勿論、名物の店もショッピングセンターもなく、
目に付くのは古ぼけたビルやスラムっぽい市場ばかり。

サリカの滝ワット・プラーンマニーなどの周辺観光地へ行く人は
何も無い中心部に立ち寄らずに直行するために栄えないんじゃないかなぁ。
せめて幹線道路が中心部を通っていれば少しは違うんでしょうけど。

国道305号線-3049号線沿いのナコンナーヨック病院県庁を移転して、
その地に商店街やショッピングセンターを作れば、町に活気が出ると思いますよ。
…と老婆心ながら ^_^;)


さて、お腹も満たしたし準備万端。
次なる地へと向かいましょう!

このパーニット・チャルーン通り発のプラチュンラジョームクラオ陸軍士官学校行き
ソンテオがあるはずなんですよ。

日陰でiPhoneをいじりながら待つこと約10分、
気付くと目の前を通過していこうとする青と白のツートンのソンテオが!

あっ! 乗客のおばちゃん2人もそんな私に気付いて同様に「あっ!」と驚いて
運転手さんに声をかけてくれました(笑)

お陰で無事に乗り込めました。
ありがとうございます ^_^;)


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時刻は、13:01。


走るソンテオ車内から走り去ろうとしているナコンナーヨック市街地を眺めます。


05_10


きっともう来ることはないだろうなー ^^





<交通費>
ソンテオ運賃は未払いなので:0バーツ
ここまでの合計:150バーツ

※旅は2013年8月16日(金)に行いました。
元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)


つづく


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