タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~

タイ・バンコクや近県をバス、ソンテオなどの公共交通機関だけで日帰り旅をした様子を綴る旅行記です。
タイ料理屋台から水上マーケット、百年市場、日本の残した足跡まで無鉄砲に飛び回っています。 ※楽天ブログ『タイとタイ語に魅せられて』の1日旅の記事だけを抜粋しました。

チャオプラヤー川河口への旅<2008年>

17番バスで対岸へ~チャオプラヤー川河口への旅[1]

年末年始のタイ滞在で楽しみにしていたことがあります。

それは、昨年4月にした
「トンブリー路線バスの旅」の続きに行くこと!

というワケで12月30日(火)に決行した旅の模様を
早速日記に書きたいと思います。

名付けて「チャオプラヤー川河口への旅」。

前回同様スタート地点は、戦勝記念塔。
乗るバスは、17番。

17番のミニバスと戦勝記念塔

伊勢丹前などでよく見かけるこのバス、終点はいったいどこなんだろう!?
と前々から興味を持っていたのですが、バス路線説明書を眺めていて、
前回の旅の通過点が終点であることが判明。それでまずは17番に乗ることに。

08:03発車。

パヤタイ通り→シーアユタヤ通り→ラチャプラロップ通りと進んだバスは、
プラトゥーナムを過ぎ、伊勢丹(セントラル・ワールド・プラザ)前に到着。

伊勢丹(セントラル・ワールド・プラザ)前に到着

ここから大勢の人が乗ってきて、
小さなバスの車内はたちどころにぎゅうぎゅう詰めに!

タイではこの日が仕事納めの会社が多いようで、
それでまだ通勤客が多いんですね。

ルンピニー公園北側からウィッタユ通りに入り、ラマ4世通りを越えたら
サートーン通りです。BTSスラサック駅を出る頃には、車内はガラガラに
戻っていました。

そして左折してチャルーンクルン通りへ。
この通りは、ラマ4世期に開通したタイ初の近代式道路。
西洋人が馬を走らせ易いようにと、当初はレンガ舗装されたんだとか。

路線バスの1番も、この通りを走っています。

ほどなくして右手にジャンク船のかたちをした変わったお寺が見えました。
ワット・ヤーンナーワーです。こんなところにあったんですね。
てっきりヤーンナーワー区にあるんだと思ってたので、発見できて嬉しいです。

17番バスは右折して、いよいよチャオプラヤー川に架かる
クルンテープ橋を渡ります!

が、シャッターチャンスを逃してしまい、
こんな写真でスミマセン(汗)

チャオプラヤー川を渡る17番バスから


<交通費>
17番バス:6.5バーツ


※旅は2008年12月30日(火)に行いました。
元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)


つづく・・・


戦勝記念塔~クルンテープ橋

 ※濃いグレーの道は、昨年4月の「トンブリー路線バスの旅」で通ったところです。

ワット・ジェーンローン~チャオプラヤー川河口への旅[2]

チャオプラヤー川を渡った17番バスはすぐ左折。
ほどなくして、見覚えのある運河の風景が通り過ぎて行きました。

「あっ、ダーオカノーン運河だ!」
ということは、ここから前回の「トンブリー路線バスの旅」の
ルートに戻ったことになります。

ラートブーラナ通りを疾走するバスは、
ラマ9世橋の下をくぐり、いよいよ終点に到着!

17番バスが終点に到着!

ジェーンローンです。

17番はこんなところまで来ているんですね。
ほかに37番バスもここが終点。
何台も停車しています。

降りた私は、来た道を歩いて少々戻ってみることに。
運河に架かる橋のところまで来ました。

ジェーンローン運河 左がバンコク都、右がサムットプラーカーン県

ジェーンローン運河です。
なんとこの運河が都県境になっています。
左側がバンコク都、右側がサムット・プラーカーン県。

終点のほうに少し戻ると、ソイの入り口に
「ワット・ジェーンローン」と「ジェーンローン船着場」との看板を発見。
どうせなのでちょっと行ってみますか。

くねくねとしたソイを奥まで進んで行くと、
スピーカーの女性の声が聞こえてきました。
奥に学校があるようです。

先生なんでしょうね。その声が段々大きくなっていき、
小学校の前に出ました。
学校の前にはこんな駄菓子屋さんが。

学校正門前の駄菓子屋さん

下校時間には小学生たちが群がるんでしょうね。
想像するとなんだか微笑ましいです。

ソイをさらに奥へ進むと、
ようやくワット・ジェーンローンに到着です!

ワット・ジェーンローン

アユタヤ時代の15世紀創建と、かなり古いお寺だそうです。
でも現在の本堂は20世紀のものだとか。


<交通費>
徒歩なので0バーツ
ここまでの合計:6.5バーツ


※旅は2008年12月30日(火)に行いました。
元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)


つづく・・・

クルンテープ橋~ジェーンローン

ジェーンローン船着場~チャオプラヤー川河口への旅[3]

ワット・ジェーンローンの境内をさらに奥へ進むと
こんな仏像が鎮座してました。なんともシュールな・・・。


ワット・ジェーンローンの仏像が見つめる先は…


そんな仏像の見つめる先に目をやると・・・


チャオプラヤー川とラマ9世橋


おぉーっ!


目の前にはチャオプラヤー川の雄大な流れが広がっていました。
思わず声を出してしまう景色です。
左、上流側に見える橋は、ラマ9世橋。

ここから先に桟橋が伸びていて、先端には
「ジェーンローン船着場」との看板があります。
でも定期船は発着していないようです。

桟橋を少し進んで、続いて右、下流側を向くと、

チャオプラヤー川とウォンウェーン・ウッサーハカム北橋


ちょうど小舟が目の前を通っていきました。

遠くにややかすんで見える橋は、
ウォンウェーン・ウッサーハカム北橋です。
ラマ3世通りから伸びるウォンウェーン・ウッサーハカム(産業環状)道路が
チャオプラヤー川を渡る箇所になります。


さらに桟橋を進もうとしたところ、桟橋に横付けされている
住居を兼ねた舟から子犬が数匹飛び出して来て、
ワンワン!と取り囲まれてしまいました(汗)

な、なんなんだよ~。
仕方なく子犬たちを刺激しないようにそろりそろりと
その場を退散し、元来た道を戻ることにした私でした(T T)


<交通費>
徒歩なので0バーツ
ここまでの合計:6.5バーツ


※旅は2008年12月30日(火)に行いました。


つづく・・・


ジェーンローン船着場

プラプラデーン~チャオプラヤー川河口への旅[4]

17番ミニバスの終点まで歩いて戻り旅を先へと進めます。
時刻は09:45。

6番のミニバスに乗車しました。
「トンブリー路線バスの旅」でラストに乗ったバスです。

その時の最終地点だったワット・クラーンを通過。
いよいよ未知の地に足を踏み入れます!

運河を渡りほどなくして道の両側が賑やかになってきました。
雰囲気からして古くからある街並みのよう。

そしてチャオプラヤー川べりに出たところが終点。
こここそがプラプラデーンです。


6番ミニバスが大集合した終点プラプラデーン


ピカピカに磨かれた(意外!)6番バスが何台も停まっていて、
これだけ集まるとミニバスでもなかなかの貫禄を感じます。

後ろに見えるのは、ウォンウェーン・ウッサーハカム南橋。
ジェーンローン船着場から見えたあの橋が、
プラプラデーンの半島部付け根を横切って、
再度チャオプラヤー川を渡る部分になります。

この橋で対岸へ渡るとスクンビット通りへと抜けることができるようですね。

川岸へ上って下流側を眺めると…


プラプラデーンから下流側を望む


遠くに見えるのは、チャオプラヤー川で最も下流に架かる橋、
カーンチャナーピセーク橋です。


川面には、渡し船が2隻見えますが、
右奥のはバイクなども載せていました。

目抜き通りを改めて見物してみます。


目抜き通りの様子


反対側にはプラプデーン市庁舎が。
やはりここがプラプラデーンの中心部なんですね。

ノンタブリー船着場やバーンブアトーンでもいた
人力サムローがここでも現役で活躍中。
これを見るとバンコクの外に来たんだという実感が湧きます。

川べりへ戻って下流側へ少し歩くと
「プラプラデーン市生鮮市場」と書かれたアーケードを発見。
ついでなので入ってみることに。


プラプラデーン市生鮮市場


生臭さ満点のアーケード内は、奥に行くにつれて活気が増していきます。
ここはアーケードが十字型になってるんですよ。面白いですね。

中心から左側に進むことにしました。
きっと次なる目的地への近道のはずです!



<交通費>
6番ミニバス:6.5バーツ
ここまでの合計:13バーツ


※旅は2008年12月30日(火)に行いました。


つづく・・・


ジェーンローン~プラプラデーン

プレーンファイファー要塞~チャオプラヤー川河口への旅[5]

プラプラデーン市生鮮市場のアーケードを抜けたところには
いかにも古い石造りの門が立っていました。


プレーンファイファー要塞入口の門


プレーンファイファー要塞の入り口です。
早速中に入ってみることに!


門をくぐると・・・


門をくぐると、ちょっとした広場とその先に高台が見えます。
高台へは坂道が作られています。


その坂を登ってみると・・・


ワンワン!

私を見つけた2匹の犬が一斉に威嚇を始めました。
ま、またかよ・・・(汗)

でも落ち葉を集めて焚き火をしていた方(市の職員?)が
犬を静かにしてくれました。ありがとうございます~。


プレーンファイファー要塞の大砲


こんな感じで大砲もそのままで公開されているプレーンファイファー要塞は、
1815年に時の国王ラマ2世の命により築造され、その後ラマ5世期の
1893年に改修を受けています。

ラマ1世~5世期に、西洋列強の攻撃からタイを守るために
チャオプラヤー川河口地域に設けられた24の要塞の一つなのです。

築造にはこのプラプラデーン(当時の地名はクアンカン)に移住してきた
モン族が従事したとか。


プレーンファイファー要塞の大砲


プレーンファイファー要塞の大砲


市民の憩いの場になっているんでしょうね。
手入れのいき届いた芝生とつつじのような花が奇麗でした。


プレーンファイファー要塞



<交通費>
徒歩なので0バーツ
ここまでの合計:13バーツ


※旅は2008年12月30日(火)に行いました。


つづく・・・


プレーンファイファー要塞

 
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