タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~

タイ・バンコクや近県をバス、ソンテオなどの公共交通機関だけで日帰り旅をした様子を綴る旅行記です。
タイ料理屋台から水上マーケット、百年市場、日本の残した足跡まで無鉄砲に飛び回っています。 ※楽天ブログ『タイとタイ語に魅せられて』の1日旅の記事だけを抜粋しました。

2014年10月

開発軍司令部開発軍局農業・協同組合部隊というところ 泰緬鉄道跡を再び辿る旅[14]

サンクラブリーのロッ・トゥー乗り場受付で
チョン・カオカートまでの運賃を払います。

175バーツ也。

待合所で座ってますか。


14_01


数人が手持ち無沙汰気にぶらぶらしてます。


14_02


これがチケット。
モン橋のイラストがニクイですね~。


呼ばれたのでロッ・トゥーに乗車しましょう。


14_03


私は前列3人掛けの中央に着席。
07:20に発車です。

3度目のサンクラブリー訪問は、あるのかなー。
遠いけどまたぜひ来たいもんですよ。


出発後すぐに差し掛かる国道323号線最大の難所の山道を越える最中、
急な下り坂の脇に大きな岩がゴロゴロ落ちているのが目に飛び込んできました。
ちょっと怖いぞ…。


14_04


20分後、ランティー橋手前で「止まれ 検問」の看板が出現して停車。

ランティー橋合同検問所
という表記が見えます。
陸軍、警察、国境警察の三者合同なんですね。

迷彩服の係官がドアを開けて見まわし、1人の乗客のパスポートをチェック。
どういう基準なのかいまだにさっぱりわかりませんよ。
顔つきでミャンマー人と判断してるんですかね?


発車してランティー橋を渡ります。

右手には昨日巡って来た泰緬鉄道線路跡があるはず。
一瞬なので車内からは見つけられませんでしたが。


それはそうと、車内の注意書きがスゴイんですよ。


14_05


上の「カーテンで手を拭かないこと」から始まり、

「陸運局規則に関する省令第153条にもとづく安全および秩序に関する規定を
 順守しない乗客は、5,0000バーツ以下の罰金に処せられます。」

の下には

食事× たばこ× アルコール× 嘔吐×

と。

5,0000ってカンマ打つ場所間違ってるから50,000なのか5,000なのか
分かりませんよね。

しかも嘔吐がダメって誰も吐きたくて吐くわけじゃないと思うんですが(笑)


実はこんなことよりもやめて欲しい喫緊のことがあるんです。
居眠りをし始めた右隣の太った男性が股広げてくるは寄りかかってくるはで。
さらにやたら臭いんですよぉ。もうヤメテクレ~。

苦痛に耐えつつやっとのことでトーンパープームの町に到着。


14_06


時刻は、08:41。
お客さんの乗降とトイレ休憩です。

くだんの太った男性が運転手さんと何やら話しています。

聞き耳を立てると、ここで降りると言っています。
体調不良で我慢できないようで。あの臭さはそのせい?
ちょっと可哀想。


08:50にトーンパープームを出発。

9分後に現れた検問では、運転手が右手で「無い無い」みたいな
ジェスチャーをすると、迷彩服の男性係官も頷き、
停車させずに通してくれました。

まったく検問のチェックの仕組みって理解できませんなぁ。


さらに約40分後、「チョン・カオカートだよ」と運転手さん。

ありがとうございました!
下車して見送ります。


14_07


時刻は、09:37。

国道323号線を渡った反対側には、


14_08


กองการเกษตรและสหกรณ์
สำนักงานทหารพัฒนา
หน่วยบัญชาการทหารพัฒนา

と長ったらしい名称を掲げる施設が。

訳すと、開発軍司令部 開発軍局 農業・協同組合部隊
ってなところでしょうか。

農業の奨励や指導を行い、さらに環境や天然資源の保護も
担当している部隊のようです。タイでは軍がやるんですね。

かつての国道323号線は未舗装で雨季になるとぬかるみ車の通行が不可。
クウェー・ノーイ川を船で行き来するしかなかった過酷な環境だったようなので、
それで軍の担当になったのかもしれません。


おっと、中に入りましょう。
実はヘルファイア・パスはこの軍施設の敷地を通って向かうんです。

右手の受付でチョン・カオカートヘルファイア・パス)へ行きたい旨
門番の兵士に告げると、「えーと、あれ、あれ」と英語版の地図を
引っ張り出して道順を教えてくれました。

ぐるーっと大回りして行かなければならないようで。
歩いていきますか。


14_09


HELLFIRE PASS
との看板があるので安心できます ^^

あ、気付くとワンちゃんが道先案内をしてくれてるじゃないですか(笑)


左手には牛が放牧されていて、


14_10


じーっと私の動きを目で追っています。
そんなに警戒しなくても…。


14_11


うっそうとした並木道をワンちゃんとともに進んでいくと、
現れたのは、


14_12


ヘルファイア・パス・メモリアル・ミュージアム
(HELLFIRE PASS MEMORIAL MUSEUM)

でした。

日本人には敷居が高く感じるんですが、勇気を出して入ってみますか。




<旅費交通費>
ロッ・トゥー:175バーツ
ここまでの合計:1,664バーツ

※旅は2014年5月12日(月)~13日(火)に行いました。

元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)


つづく


カンチャナブリー2

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修復前のモン橋 泰緬鉄道跡を再び辿る旅[13]

モン橋脇のいかだの宿に泊まった翌日、5月13日(火)は6:00に起床。
早速モン橋を拝みに外へ出てみます。


13_01


前回のように朝霧に包まれていないのがなんとも残念。
前回ほど朝方に湿度を感じなかったのでちょっぴり予想はしていたんですが。
そりゃ毎日霧が出るわけじゃないですもんね。


13_02


水浴びを済ませ、バルコニーでのんびり景色を眺めながら朝食を待ちます。


13_03


6時半過ぎに中学生ぐらいの男の子がバスケットを運んで来ました。
食器に空けて頂くとしますか。


13_04


パトンコーとホットコーヒー。 これだけでもあるだけ嬉しいです ^^


さあ、せっかく早起きしたんだからもう出発しますか。


13_05


去り際に今回泊まったいかだ家屋を眺めておきます。

おじいさんに鍵を返してチェックアウト。
今回はまだモン橋に上がってなかったので寄っておきましょう。


13_06


7時前だというのに、もう人がいますね。


13_07


橋から東側を眺めます。

一番右に見えるいかだ家屋の10棟ほどのかたまりが
今回もお世話になったおじいさんの宿です。


橋を行けるところまで進んでみますか。


13_08


恐る恐る足を前に出し…。

見下ろしてみます。


13_09


背筋がゾッとしますよ。

5回前のエントリーにもちょっと書きましたが、
2013年7月28日の鉄砲水で倒壊したこの箇所は、カンチャナブリー県
入札で発注した業者が納期を過ぎても修復工事に着手しなかったので契約破棄。

代わりに陸軍と地元モン族住民が協力してたった39日間で修復を完了させ、
この10月18日に開通式が執り行われました。

紆余曲折はありましたがモン族住民の手で修復でき、
名実ともに「モン橋」として復活できたので
結果的に良かったんじゃないかなと思います。

現在ではこの倒壊した姿はもう目にすることができませんが、
元どおりモン橋を渡って対岸へ行くことができるようになりました。

竹橋は撤去されちゃったのかな?


私はモン橋を後にして、


13_10


入口で待機中のバイクタクシーに「ロッ・トゥー乗り場へ」と告げ跨ります。
時刻は06:59。

モン橋
の入口は右手。
正面に見えているのはコンクリート橋の入口です。


バイクだとなんと速いことか!
たったの3分で到着。


13_11


昨日下見しておいたテーサバーン1通りのロッ・トゥー乗り場です。
カンチャナブリー行きのロッ・トゥーに乗って途中で降りたいので、
受付で聞いてみます。

チョン・カオカート
(ช่องเขาขาด)へ行けますか?

「行けるよ。あと5分で出発だ」

えっ、食事してから乗りたいんですが…。

「大丈夫大丈夫。便は
沢山出ているからゆっくり食事してきな」

と言われたもののできるだけ早い便に乗りたいので、
並びの食堂に急いで飛び込んで、


13_12


パット・ガパオ(挽肉のバジル炒め)を注文して胃袋に掻き込み、
辛さで汗ダクダクの顔で8分後に受付に戻ると、


13_13


「速いね。もう食べてきたの!?」と。

ロッ・トゥーはまだ出発していませんでした。
予想どおりだ(笑)


次なる目的地は泰緬鉄道史跡のひとつ、ヘルファイア・パス
そのタイ語名称がチョン・カオカート(欠けた山の切り通し)なのです。





<旅費交通費>
バイクタクシー代:15バーツ
ここまでの合計:1,489バーツ

※旅は2014年5月12日(月)~13日(火)に行いました。

元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)


つづく


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サンクラブリー湖上いかだレストラン 泰緬鉄道跡を再び辿る旅[12]

食事のできるところへ連れて行ってくれるとの船頭さんの好意に甘えて再び乗船。
モン橋脇の竹橋を離れます。


12_01


エンジンを切ってオールを漕ぎ始める船頭さん。

船はモン橋横のいかだ集落のうち、東寄りの一角に横付けしました。
時刻は、18:18。

「ここですよ」

いかだレストランもあったのか!

「ところで今夜の宿はもう決まっていますか?」

いえ、まだなんです ^_^;)

「僕は宿も経営しています。待っていますので食事後に見てみませんか?
 気に入らなければ断ってももちろん大丈夫ですよ」

なんと控えめな提案。
はい。ではあとで見せてください。


まずはディナーを~。

このいかだレストランは「ペー・ミットサンパン」(แพมิตรสัมพันธ์)という名。

訳すと「友好関係のいかだ」なんですが、
どことどこのことを言わんとしているんでしょうね。
タイ-ミャンマーなのかタイ-モンなのか、はたまた観光客となのか…。


私は運良く湖寄りの席を確保。


12_02


右手にモン橋も見えています。

メニューと睨めっこして注文した料理は…


12_03


左がプラーゴット・ラート・ナンプラー(ปลากดราดน้ำปลา)。

レッドテール・ヘミバグルスという魚のようです。
ギギというナマズの仲間の一種だそうで。
そのナンプラーかけの料理のはずなんですが、揚げてあるんですよね。
もしかしたら間違って注文したかも(笑)


右はヤム・サーウモーン(ยำสาวมอญ)。

「モン族女性の和えもの」という名に惹かれて注文したんですが、
素朴な味でまあまあでした ^_^;)


チョイスした料理のせいか味は特筆すべきほどではありませんでしたが、
そんなことを忘れるくらいに素晴らしいのが、ここからの眺望。


12_04


穏やかなカオレーム湖の湖面と岸辺の緑を眺めながら
優雅に食事を楽しめるんですよ!!

もう心底ここにしばらくいたい!と思ったほど。

景色に大いに癒されながら食事をしていると、こんな瞬間も訪れました。


12_05


夕日が綺麗! こっちは東の空なんですよ。

雲の切れ間から日が差し込んで神秘的な色彩に。
思わず席を立ち、いかだのへりまで出て眺めたほどです。


西の空はというと、


12_06


モン橋の彼方に日が沈もうとしているところのようですね。


それからはもう夜の帳が急速に下りはじめ、


12_07


こんな景色へと相成ったのでありました。

これでレストランのお客さんの喧騒がなければ、どんなに最高なことか!
周りを見渡すとバンコクから来たっぽい身なりの良いタイ人グループばかり。

かなりのんびりしてしまいました。
勘定を済ませ席を立つと、船頭さんが目の前にやって来ました。
ずっと待ってたんですか!? す、すみません・・・。


再び船に乗り込むと船頭さんはオールでさらに東へと進んでいきます。


12_08


いかだ集落の最東端、一番右端が船頭さん経営の宿でした。
船頭さん一家はその裏手のいかだ家屋に住んでいるそうで。

部屋を見せてもらうと…

ベッドではなく木の床にマットを敷いた寝床かぁ。
扇風機が無造作に置かれています。
トイレ&水浴び場はありますね。

それで一泊300バーツだそうです。

飲み物は売ってますか? 喉が渇いたもので。

「えーと、何が欲しいですか。買ってきます」

なんと、船でわざわざ買いに行ってくるとのこと。
うーん、ちょっと不便だなー。しかも床で寝るってのが…。

ごめんなさい。他をあたっていいですか? ^_^;)

「では、さっきのレストランが経営している宿に案内しますね」
とまた船で戻ってくれました。


ペー・ミットサンパン
の人を呼んだところで
「じゃあ僕はこれで」と船頭さん。どうもありがとうございました!


部屋を見せてもらうと入口にはゴミが散乱。
室内は広いもののここも床にマットが敷いてあるタイプでした。
なんとトイレ&水浴びは共同。

さらにレストランに近いのでうるさくて落ち着けません (>_<)
値段を尋ねると400バーツとのこと。

だったら同じ値段の4月に泊まったおじいさんの宿のほうがずっといいや。
ということでここでも断って、おじいさんの宿に再びお世話になることに。


裏から階段を登り陸地へと。 振り返ってみます。


12_09


左から2軒目の、白い灯りが2つ灯っている建物が
いかだレストランの「ペー・ミットサンパン」です。

ここからコンクリートの橋を渡りモン橋のたもとに戻り、
竹橋脇のおじいさんの宿へ。

受付は真っ暗だったものの、歩くミシミシという音で分かったようで
おじいさんが出てきました。

先月も泊まったんですが、部屋は空いてますか?

おじいさんの案内で部屋へ。


12_10


やっぱりこの部屋のほうが何倍もマシだー。
時刻は19:49。

受付で飲み物を買おうとしたところ冷蔵庫に補充したばかりだから
冷えてないとのことなので、サンクラブリー市街地まで買い出しに行くことに。


12_11


陸地の暗い坂道を登り上の一本道をひたすら歩きます。
20分ほどかかったかな? ようやく市街地のセブンイレブンに到着。

おぉっ。


12_12


サンクラブリーで日本語に出会えるとは思ってもみませんでしたよ(笑)

ジュースを2本購入。
帰りはバイクタクシーにモン橋前まで送ってもらったのでした。





<旅費交通費>
宿泊代:400バーツ
バイクタクシー代:15バーツ
ここまでの合計:1,474バーツ

※旅は2014年5月12日(月)に行いました。

元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)


つづく

カンチャナブリー

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北へと続く泰緬鉄道線路跡 泰緬鉄道跡を再び辿る旅[11]

ふたたび現れた泰緬鉄道線路跡に上陸し、東へと歩いていってみます。
下の方の「泰緬鉄道線路推定図」の(4)の場所になります。


10_12


すると、


11_01


左にももう一本の線路跡が。あちらは退避線かな。

しばらく二本のこんもりした盛り土が並行して続いていたんですが、


11_02


この辺りは不鮮明ではっきり分からないものの、
どうやらこの先で交わっているようですね。

さらに歩いていくんですが、


11_03


段々と線路跡がはっきりしなくなった上に
立ち枯れた木々の茂みが鬱蒼とし出したので諦めることに ^_^;)

引き返しましょう。


11_04


ここから見ると二本の線路跡がよく分かりますね。

あれ、ちょっと待ってくださいよ。
ここって4月1日に訪れた際


16_07


ここ(写真再掲)とほぼ同じ場所に違いありません!

実は今回こそニーケ駅の場所を特定してやるぞと意気込んでいたのですが、
これといった手掛かりが掴めませんでした。

でも待避線があり、ほぼ直線の線路がしばらく続くこの辺りが
ニーケ駅のあった場所の候補として濃厚なように思います。

ニーケ駅
の写真も再掲しておきましょう。


neekey_st
(出典:Coördinatiepunt Netwerk Oorlogsbronnen オランダ)

駅名板から、右がビルマ方面、左がカンチャナブリー方面だと分かります。
後ろに広がっている森が今は湖の中心の辺りということになりますね。


さらに歩いて戻ると、


11_05


ようやく船が見えてきました。


11_06


左へ湾曲している線路跡を伝って船に乗り込み再び出発。

西へと進路をとっていると、

「今、線路跡の上を通ったよ」
と船頭さん。

えっ、濁っていて全然見えませんでした。


北西へと向きを変えた時、ズズズズと今度は線路跡に乗り上げてしまいました。
船頭さんは苦笑しながらオールで押して脱出。


そして…、


11_07


なんと!
こんなところにも線路跡があったのか!!

図の(5)です。


待っててくださいね。ちょっと歩いてきます!


11_08


歩きつつ振り返ってみました。

前方はというと、


11_09


ここから線路はほぼ真北に延びビルマへと繋がっていたようです。

またもや行けるところまで行ってやると思ったのも束の間。


11_10


こんな草原になってしまい、どこが線路跡なのか判別が付かない状態に。
たぶん真っ直ぐ続いているのだとは思いますが。

それよりも足元が見えないのでヘビが心配なんですよ。
4月に来た時は2匹も見かけたのでかなり心配症になってます ^_^;)

ここまででもう十分でしょう。
戻りますか。


11_11


これにてサンクラブリーでの泰緬鉄道線路跡探しは終了です。
船頭さんありがとうございました。

船に乗り込んでモン橋へ。


11_12


16分でモン橋へ帰って来ました。
時刻は、18:12。

子供たちがまだスワンで遊んでいるし!(笑)

船頭さんにお礼を言いつつ船賃を渡します。

実は600バーツで話がついていたんですが、
危険を冒して線路跡に近付いてくれたり、
何も言わなくても行ける限りの線路跡に全て連れて行ってくれたので
感謝の気持ちを込めて700バーツを手渡しました。

ついでに聞いておきますか。

この辺りに食事のできる店はありますか?

「ありますよ。連れていくので船に乗ってください」

へ? 船で行くの?





<旅費交通費>
船賃:700バーツ
ここまでの合計:1,059バーツ

※旅は2014年5月12日(月)に行いました。

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つづく


泰緬鉄道線路跡推定図

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湖を横切る泰緬鉄道線路跡 泰緬鉄道跡を再び辿る旅[10]

4月に来た時よりも水面に出現した部分が長くなった
泰緬鉄道線路跡を船で離れます。

そうそう、下のほうに「泰緬鉄道線路推定図」を掲載しておきました。
これは実際に私が見た線路跡に1957年に米軍が作成した地図の情報を
加味しておおよその位置を推定して線を引いてあります。

正確ではない点をご容赦ください。

その図の(1)の線路跡を離れ、
北側の対岸へ向かっている途中で船頭さんが右手を指差しました。

「あそこも線路跡だよ」


10_01


あっ、本当だ!!

なんと、湖を横断するかたちでこんもりとした盛り土の線が
水面に顔を出しているではないですか。図の(2)です。

目で追っていくと、


10_02


あ、途切れた。
船の航行のために崩したっぽいですね。

左端にまた線路跡が見えています。そこへ接岸してもらいましょう。


10_03


写真には写っていませんが、このすぐ左側に水上家屋があるんですよ。
いかだ状なので簡単に移動できるみたいですね。

接岸すると、船頭さんはそこの住人と世間話を始めました。
知り合いなのかな?


振り返ってみるとこんな感じ。


10_04


向こう岸に沿って左から右へさっき見た線路跡(1)が走っています。
中央のこんもりした小山の右端あたりから右へカーブして湖の下へ消えていき、
細長い小島状の(2)を経て、私の立っている(3)に繋がっていたんですね。

これだけでも泰緬鉄道の線路跡をかなり解明した気がして嬉しくなりました ^^

この先はというと、


10_05


再び途切れて、その先は左へとカーブしてまた湖面に消えています。

では、その先へまた連れて行ってもらいましょう。


10_06


再び乗船して岩山の中央あたりへ。


10_07


この辺は水が引いて湖底が広く露わになってますね。
多少ぬかるんでいる中を歩いていきます。

立ち枯れた木が長短無数に突き出していて、
転倒したら怪我しそうですよ。
踏み出す度に踏んづけた短い枯れ木がバキバキと音を立てます。

中央を横切っているのは線路跡ではなく、かつての道路跡のようです。


さらにずんずん進んでいくと、水に進路を阻まれてしまいました。
が、その先を見ると、


10_08


こんもりとした線路跡がありますね。
(3)と(4)の中間付近です。


進めないんじゃ仕方ない。船に戻りますか。
と振り返ると、


10_09


うわぁ、随分と深く分け入ってたんだなー。
こんなところで何かに襲われたら死体も見つからなそうだ -_-;)

カオレーム・ダム
の完成で一帯が湖底に沈んだのはちょうど30年前の1984年。
これらの立ち枯れた木々はその頃からずっとこのままの姿なんでしょうかね。


再び船に乗り、さらに西へと案内されると、


10_10


うお、ここにも線路跡が。
乗り上げて停船。


10_11


左へカーブしてますね。反対の東側はというと、


10_12


岩山の下へと続いています。
たぶん4月に来た時に見たもう一ヶ所の線路跡がこの先の辺りでしょう。
図の(4)にあたります。

では、行けるところまで歩いてみますか!





<旅費交通費>
船賃支払いまだなので:0バーツ
ここまでの合計:359バーツ

※旅は2014年5月12日(月)に行いました。

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つづく


泰緬鉄道線路跡推定図

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