タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~

タイ・バンコクや近県をバス、ソンテオなどの公共交通機関だけで日帰り旅をした様子を綴る旅行記です。
タイ料理屋台から水上マーケット、百年市場、日本の残した足跡まで無鉄砲に飛び回っています。 ※楽天ブログ『タイとタイ語に魅せられて』の1日旅の記事だけを抜粋しました。

2014年04月

折り返してカンチャナブリー駅へ 遅ればせながらの泰緬鉄道[8]

終点ナムトック駅から折り返して旧泰緬鉄道、
現国鉄西線(ナムトック線)を戻ります。

当然のことながら来た時と車窓の景色は同じでして。
そんなワケでしつこいようですが、
タム・クラセー桟道橋の景色を再びお届けします ^_^;)


08_01


時刻は14:56。 ナムトック駅を出発してから41分後に桟道橋に突入です。


08_02


後ろも振り返りつつ…。


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The Suan Saiyok Adventure & Historikal resort

綺麗な芝生が目に飛び込んできます。

普通の客室の他にいかだの部屋もあるんですね。
冷房、LEDテレビ完備とのことで驚きです。

でもトイレは地上まで上がらないといけないようですが。
それからさらに1時間ほど西日を浴びながら揺られると…


08_04


ようやくクウェー川鉄橋を渡ります!
戦時中、日本軍はメクロン永久橋と呼んでいたようですね。

みなさんは『ボギー大佐』っていう行進曲をきっとご存知かと思います。
「サル、ゴリラ、チンパンジー♪」っていう替え歌のほうが有名かもしれませんが(笑)

あの『ボギー大佐』(Colonel Bogey March)は、
この橋を一躍有名にした映画『戦場にかける橋』の主題曲なんですよ。

そのクウェー川鉄橋を渡り終えると、


08_05


行きに列車に乗車したクウェー・ヤイ橋駅に停車。
時刻は16:35。

発車した列車は、私がカンチャナブリー駅から乗ったソンテオを
降りた地点に差し掛かります。


08_06


鉄道員さんが手押しの踏切で道路を遮断して、
列車運転手に緑の手旗で合図を送っているのが見えました。

右カーブを抜け直線の線路をしばらく走ると、


08_07


列車はカンチャナブリー駅に滑り込みました。

降りる準備をして出口へと。


08_09


ここで下車する人って結構いるんですねー。
16:43下車。


08_08


逆にここから乗車する人も沢山いまして。
大きな荷物を抱えた人が多いので、バンコクへ戻る観光客かな?

しかし時刻表どおりだとカンチャナブリー駅14:48発のはず。
2時間遅れだから、終点トンブリー駅着は19:40頃でしょうね。

私はさすがに列車に座っているのに飽きたので、
変化をつけるためにも、ここからバスターミナルへ向かうことにします。

結果的にはどっちのほうが速くバンコクに着くのかな。




<旅費交通費>
列車に乗っていただけなので:0バーツ
ここまでの合計:355バーツ

※旅は2014年3月31日(月)に行いました。

元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)


つづく 


カンチャナブリー


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終点ナムトック駅 遅ればせながらの泰緬鉄道[7]

14:05、どうやら終点ナムトック駅に到着したようです。
周りのタイ人団体さんも席を立ち始めましたし。

私も降りましょう。


07_01


間違いない。ナムトック駅ですね。

クウェー川鉄橋手前のクウェー・ヤイ橋駅を11:39に出発したので、
2時間26分かかったのか。正直言ってそろそろ飽き始めていた頃でした ^_^;)

しかも定時だと12:35着なので1時間30分の遅延。
これで平常運行なんでしょうね…。


線路の先を見に行きますか。


07_02


戦後、泰緬鉄道を接収した連合軍(英軍)は
タイ政府にタイ国内の路線部分を売却します。
 
ビルマ側路線はというと、ビルマ国内の他路線復旧のため
さっさと線路が撤去されてしまいました。

国際鉄道網として機能しなくなった上、
カンチャナブリー以西は人家も滅多にないジャングル。

さらに路盤の状態が悪く一般営業運行には改修が必要なことから、
改修可能で沿線開発に意義のあるここナムトックまでを残すことになったのです。

改修工事が行われ、1949年にノーンプラードゥックカンチャナブリー間が、
1952年にワンポーまで、1958年にナムトックまでが開通したのです。


ところで…。

あれ? 蒸気機関車が静態保存されてるんじゃなかったっけ?
駅員さんに聞いてみるとしますか。


07_03


乗って来た列車は、機関車が早々に離れてカンチャナブリー側先頭に連結。
 
本来なら発車まで20分の余裕があるんですが、
遅延しているのですぐ発車しそうな雰囲気です。


07_04


急いで駅舎へ向かいます。

そうそう、タイ人団体さんは下車するやこの左手駐車場に待ち構えていた
大型観光バスに乗り込んでさっさと消えて行きました。


駅員さんを見つけて尋ねてみました。蒸気機関車はどこにあるのでしょうか?
するとニコニコしながら、


「蒸気機関車は…、バンコクにあります。」


ポカーン・・・


そんなワケないでしょー。この辺にもあるはずなんですが、おかしいなぁ。
でもこの駅員さんは本当に知らないようなのでこれ以上聞いても無駄 -_-;)


ちゃんと下調べして来なかった私が悪いんですが、
帰ってから調べたところ、蒸気機関車はこのまだ先にあるんですね。

駅名版にもありました。


07_05


左は、

スットプラーイターン(สุดปลายทาง)、「終点」ってな意味です。
英語表記だとここと同じNAM TOKになってますけど。

1.394km先に通称「ナムトック・サイヨークノーイ」(サイヨークノーイ滝)
という駅があって(比較的最近延伸した模様)、
そこにC56蒸気機関車が静態保存されているんだそうです。

ではそのナムトック・サイヨークノーイ駅にはどうやって行くの?ってことですが、
土日・祝日のみ運行されている観光列車だけが、そこまで乗り入れているようで。

カンチャナブリー駅にあった時刻表で説明すると、


01_09


一番下の
909列車:
バンコク(フアランポーン)06:30発→ナムトック11:30着
910列車:ナムトック14:25発→バンコク(フアランポーン)19:25着
がそれです。

タイ国鉄ウェブサイトにこの列車の詳細が掲載されています(英語)。
途中途中で観光をしながらのツアーみたいな列車なんですね。

しかし朝早い出発の上に半日以上とは、ヘトヘトになりそうです ^_^;)


というワケで今回私はナムトック・サイヨークノーイ駅で蒸気機関車を
見ることができないまま、乗って来た列車で折り返して帰ることにします。


07_06


ディーゼル機関車が警笛を鳴らしたので、慌てて列車に乗り込みます。
ホームからカーン、カーンという鐘の音が聞こえてナムトック駅発車。

時刻は14:15。


すぐに車掌さんがやって来ました。


07_07


手書きの切符。
帰りはカンチャナブリー駅まで乗ろうと思います。
運賃は同額の100バーツ。

ちなみに写り込んでいるのは飲み物売りのおばちゃん。
コーラを買いました。


それと弁当車内販売のおじさんからは、


07_08


玉子焼きのせご飯+パット・ガパオ(挽肉バジル炒め)の弁当を。

遅めのランチです ^^




<旅費交通費>
列車運賃:100バーツ
ここまでの合計:355バーツ

※旅は2014年3月31日(月)に行いました。

<参考> 
『王国の鉄路-タイ鉄道の歴史』柿崎一郎、京都大学学術出版会、2010年

つづく


カンチャナブリー

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映画『レイルウェイ』&終点へ向けて 遅ればせながらの泰緬鉄道[6]

旧泰緬鉄道の現国鉄西線(ナムトック線)について旅行記を
書いているこのタイミングで、泰緬鉄道と関係のある豪・英合作映画
レイルウェイ 運命の旅路』がちょうど公開とのこと。

これも何かの縁、私は公開初日の4月19日(土)に早速観てきました。

ネタバレの無いように慎重に感想を述べさせていただきますと、
生き残った捕虜も、捕虜を酷使した側の日本兵も戦後
ずっと苦しんできたことに気付かされる映画です。

その苦しみはあの時あの場にいた人にしか理解できないんでしょう。
でもこの映画は、泰緬鉄道を取り上げた既存の他の何よりも
その苦しみの理解へと私たちを近づけてくれると思います。

泰緬鉄道建設現場や捕虜拷問の描写は、日本軍の野蛮さを
殊更に誇張するわけでもなく、間違いなくこういう状況だったのだろうと
納得のいくものなので、そういう意味では日本人が観ても不快な思いを
することは無いのではないかと。

映画での描写にしても実際の永瀬隆氏との対面にしても、
制作国がイギリス・オーストラリアで捕虜がイギリス人であったからこそ
こういう映画、こういう結末になったんでしょう。
 
今のご時世、文明国・大人の対応に学ぶべきことは多いと思います。

結末のお陰か、重いテーマにも関わらず観終えてずっしりと気が重くなるなんて
ことはありませんでした。タイ好きのみなさんなら観て損の無い映画ですよ。


ちなみにシンガポールからタイへの捕虜輸送列車を牽引する機関車として
登場するC56 15号機は、トンブリー機関区で動態保存されているものです。

この日記にも登場しています。


06_11


というワケで、映画によってまた見方の変わった旧泰緬鉄道
国鉄西線(ナムトック線)の旅へと戻ることにします ^^

タム・クラセー停留所を出発した列車は10分足らずで次の駅に停車。

 
06_01


ワンポー駅(วังโพ)です。
時刻は、13:29。

戦時中は、三角方向転換線、機関庫、給水塔がある重要な駅だったようです。
戦後すぐの1945年9月時点で毎日上下1列車ずつ運行されていましたが、
いずれもこのワンポー駅で一晩停車して翌朝先へ進んでいたんだとか。


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この待避線は、当時の名残なんでしょうね。

戦後も1946年10月に引き揚げるまで、泰緬鉄道に従事する日本兵が
9千人近く残っていました。ここワンポーにも385人が残留していたんだとか。


ワンポー駅を出発すると、車窓は険しい景色に。


06_03


ジャングルですよ、もう。


06_10


眼下には蛇行するクウェー・ノーイ川が見えます。


06_04


おっと、短い切り通しが再び出現です。
そして通過。


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手を伸ばせば、間違いなく届きます…。


ふとクウェー・ノーイ川対岸の山に目をやると、


06_06


立派な寺院の姿が。
あんなところによく建てたもんですね。


しばらくすると、また平原の風景に。


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日本のよりも赤々とした色の赤土の畑が続きます。


06_08


そして林の中をのんびり抜けて山へと向かっていくと、


06_09


ん? 待避線に列車が。

車内アナウンスなんて無いので自分で判断するしかないのですが、
どうやら終点ナムトック駅に到着したようですよ。

時刻は、14:05。




<旅費交通費>
列車に乗っていただけなので:0バーツ
ここまでの合計:255バーツ

※旅は2014年3月31日(月)に行いました。

<参考>

つづく
 

カンチャナブリー

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タム・クラセー桟道橋 遅ればせながらの泰緬鉄道[5]

タム・クラセー桟道橋だー!
旧泰緬鉄道、現国鉄西線(ナムトック線)で一番の見どころにいよいよ突入です!


05_01


時刻は、13:15。
クウェー・ヤイ橋駅を出て1時間26分が経っていました。

クウェー・ノーイ川沿いに続く線路の先、
写真の中央やや右上に三角屋根の建物が見えますよね?
あそこが次の駅で、桟道橋もあの手前まで続いているようです。

ズームで狙ってみますか。


05_02


手前まで桟道橋が確かに見えますね。
で、駅には多くの人影が。


…なんて思っていると、


05_03


あれれ、先頭車両数両が桟道橋を渡り終え、地面を走り出してますよ。
タム・クラセー桟道橋は厳密には2ヶ所に別れているってことですね。


振り返って後ろを眺めます。


05_04


はっきりとは分かりませんけど、橋の基礎部分はコンクリート、
橋脚は木で、橋桁は鋼鉄製のようですね。

もちろん戦後に作り直されたもので、当初このような橋は全線にわたり、
ほとんど木、竹、ロープ、ワイヤーで築かれていたようです。
 
なので雨季に流失したり、強度不足で倒壊して機関車や貨車が
谷底へ転落する事故も頻発したとか。

今は大丈夫だと分かっていてもスリルを感じざるを得ません ^_^;)


そうこうしているうちに、私の乗車している車両も
いったん桟道橋を抜け地上部分へ。


05_05


右側の断崖は、捕虜や雇われた労務者が削ったんでしょうね。
気の遠くなる作業です。


列車は再び2つめの桟道橋へ。


05_06


タム・クラセー桟道橋は約300メートルと言われていますが、
最初の長い方だけで300メートルなのか、2つ合計でなのかよく分かりませんね。


そうそう、日本人の国鉄西線(ナムトック線)乗車体験記をネットで探すと、
タム・クラセー桟道橋アルヒル桟道橋と記述しているものを見かけるんです。

英語っぽい名称なので英語サイトで検索したんですがヒットしません。
英語ではTham Krasae bridgeTam Krasae bridgeですし、
タイ語でもタム・クラセー橋(สะพานถ้ำกระแซ)なんですよ。

気になってもっと調べてみたら泰緬鉄道当時、
ここにアルヒル駅があったんだそうで。

タイ語っぽくない駅名だなと思ったら、
建設に従事した連合国軍の捕虜がここの矢のように鋭い断崖を
「Arrow Hill」と呼んだのを日本軍がアルヒルと訛って呼んだからのようです。

その旧アルヒル駅が、現在のタム・クラセー停留所ってことですね。


また後ろを振り返ってみましょう。


05_07


ずっと後ろに最初の桟道橋が見えてますね。
ズームで寄ってみると、


05_08


あんなに高い橋脚だったのか!
今更ゾッとしてきました ^_^;)


2つめの桟道橋も渡り終えた列車は、目の前の次の駅に到着です。


05_09


おぉ、西洋人観光客がうじゃうじゃ待ち構えていますよ~。


05_10


駅前には土産物店やレストランまであって、観光の一大拠点になってるんですね。
駅名を確認したら…


タム・クラセー停留所


あれれ? さっきと同じ駅名じゃないですか!

タイ語版ウィキペディアを読んでみると、
タム・クラセー停留所はなんと3つあるんだとか!

1.スアン・サイヨークのところ。旧駅。
2.タム・クラセー橋。
3.売店ゾーン。新駅。

とのこと。
え、桟道橋の途中にもあったんですね。気が付きませんでした。
ここは3の新駅のほうか。


時刻は、13:19。
4分間のアドベンチャー体験でした。


さあ、あと残すは、終点ナムトック駅です!


…おっと、そうそう。
偶然なのですが4月19日(土)から泰緬鉄道がテーマの映画が
全国映画館で上映されるんです。


泰緬鉄道の建設に捕虜として従事させられたイギリス人将校と
施設にいた日本人通訳・永瀬隆氏の姿を描く、実話を元にした映画だそうです。

予告編を観るとタム・クラセー桟道橋を渡る列車のシーンも出てきますね。


これも何かの縁。私も観て来ようと思います。





<旅費交通費>
列車に乗っていただけなので:0バーツ
ここまでの合計:255バーツ

※旅は2014年3月31日(月)に行いました。

<参考>

元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)

つづく



カンチャナブリー

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チョンカイの切り通し 遅ればせながらの泰緬鉄道[4]

クウェー・ヤイ橋駅に入線してきた列車がまだ完全に停車しないうちに
座席取り合戦の火ぶたが切って落とされました(笑)

私は運良く進行方向左側の窓側座席を確保。


04_01


あ、まだこれから乗り込む人たちがいる。
いい席が空いていればいいんですが。

私の周囲にはタイ人の団体さんが陣取りました。
どうも東北地方から観光で来た雰囲気。

入線から3分で発車です。
時刻は、11:39。


さあ、早速クウェー川鉄橋を渡りますよ~。


04_02


この円形トラスの部分が旧日本軍が建設したオリジナルの橋で…、


04_03


橋中央部のこの角ばったデザインのトラスの部分は、
戦後に修復された箇所ってことですね。


渡ってほどなくこんな穏やかな平原の風景に。


04_04


遠くには山並みが見えてますね~。

泰緬鉄道国鉄西線(ナムトック線)って川沿いの山肌を縫って走る
イメージがあったんですが、全線にわたってそうなワケではないんですね。
当然と言えば当然なんですが、実際に乗ってみて気付いた発見でした ^_^;)


でもですよ。左手にクウェー・ノーイ川が見えてきたその時、
前方に突如こんな風景が現れました。


04_05


うおぉぉ、なんとも垂直に深く削った切り通しですね。
きっと捕虜や雇った労働者による人海戦術で切り開いたんでしょう。

カンチャナブリー市内観光をして帰るつもりだったため、
沿線の下調べを全然してなくてこの時は知らなかったんですが、
ここは「チョンカイの切り通し」(Chungkai Cutting)と呼ばれているようで。

チョンカイは ช่องไก่ らしいのですが、この切り通しのタイ語名称は
探したものの見つからなかったので、無いんでしょうね。


Death Railway → ทางรถไฟสายมรณะ(死の鉄道)にしても
Hellfire Pass → ช่องไฟนรก(業火の通り道)にしても、
沿線には英語呼称まずありきでタイ語は後追いで付いた名称が
散見されるように思います。



このチョンカイの切り通しを通過したのは、
クウェー・ヤイ橋駅を出発して11分後、11:50でした。

で、切り通しを抜けると眼下には、


04_06


クウェー・ノーイ川の雄大な風景が飛び込んできました。

ここで検札が登場。私も切符を差し出します。
2つに折ってパチン。


04_07


面白い切り方をしますね ^_^;)

11:14、初めて停車しました。 ワン・イェン駅(วังเย็น)とあります。
大きなカバンを抱えたタイ人グループや西洋人が下車していきます。
バンガローでもあるのかな?

ところで本当はこの駅までの間に4駅あるはずなんですが、
切符購入データを見て下車予定の人がいないから停車しなかったんですかね。


しばらく平原の風景が続きます…。

12:53、ターキレーン駅(ท่ากิเลน)に停車。
すると大声と共に集団が乗車してきました。言葉からして韓国人ツアー客の様子。

なんでこんな何もなさそうな駅から?
といぶかしく思ったら、
駅前に広大な駐車場があるため、観光バスでの送迎がし易いからのようですね。


行ったり来たりしている車内販売のおじさんが、
「まだ居眠りしちゃダメだよ。タム・クラセーはもうすぐだからね!」と。

下調べしてなくても、さすがにタム・クラセーの名は聞いたことがあります。
例の山肌に貼りついた木橋の上を通る区間ですよね。


13:13、青々とした芝生の綺麗な駅に停車しました。


04_08


なんだあの建造物は?

スアン・サイヨーク(สวนไทรโยค)
Riverkwai Cabin

と書いてあるので、リゾートホテルみたいですね。
下の川に近いところに宿泊施設があるようで。


で、ここの駅名がタム・クラセー停留所(ที่หยุดรถถ้ำกระแซ)なんですよ。

ってことは、そろそろなんでしょうか?


再びゆっくりと走り出した列車は、
クウェー・ノーイ川に向かって突き出していきます。


04_09


お、これは来るぞ!!


04_10


来たー!
タム・クラセー桟道橋だー!!




<旅費交通費>
列車に乗っていただけなので:0バーツ
ここまでの合計:255バーツ

※旅は2014年3月31日(月)に行いました。
元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)


つづく


カンチャナブリー

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