タイ~バンコク周辺バス日帰り旅~

タイ・バンコクや近県をバス、ソンテオなどの公共交通機関だけで日帰り旅をした様子を綴る旅行記です。
タイ料理屋台から水上マーケット、百年市場、日本の残した足跡まで無鉄砲に飛び回っています。 ※楽天ブログ『タイとタイ語に魅せられて』の1日旅の記事だけを抜粋しました。

タイ映画博物館内のカフェ タイ映画博物館[最終回]

タイ映画博物館(Film Archive)内で食事を取れるのは
どうやらここだけのようで。

03_01

ホットドッグのスタンド。

さっき古い映画を観たピッツバーグの「Nikelodeon」の
向かいにあるビルの陰にあります。

売り子の女性に注文すると
無表情で黙々と作り始めました。

うーん、ここの他のスタッフのホスピタリティとは
落差が激しいな。たぶん雇用の形態が違うんでしょう ^_^;)

近くのテーブルに座っていたら持ってきてくれました。
25バーツ也。

03_02

まるでヨーロッパの古い街にでもいるかのような
景色を眺めながらささっと頬張ります。


さーてと、ついでなので並びにあるエジソンが発明した
映画の原型キネトスコープの初の上映店も覗いておきますか。

03_03

ニューヨークのブロードウェイにあった
Kinetoscope Parlor」です。

男性スタッフが入口でお出迎えしてくれて、
館内展示物の解説をしてくれました。

熱心に解説を続けるので話を遮って写真を撮るわけに
いかなかったんですが、胸の高さほどのキネトスコープの木箱が
並んでいて、実際に上から覗き込んで見られるようになっています。

5バーツだか10バーツだかの硬貨を投入すると、
約1分間の動画を鑑賞できますよー。


それから、このムアン・マーヤー(幻の町)の広場に
もう一つ建物があるのを見落としてました。
引っ込んだところにあったので ^_^;)

03_04

Black Maria」というこの真っ黒な建物は、かのエジソンによって
1893年に建てられた世界初の映画撮影所です。

さっきの「Kinetoscope Parlor」で上映する映画を
撮影するための施設だったんだとか。

ここでは映画登場初期の歴史や俳優に関する展示のほかに、
100バーツで自分が出演して映画撮影体験ができるみたいです。
後日DVDに焼いて郵便で送ってくれます。国内限定でしょうけど ^_^;)

でも今は閉まっているみたいですね。
ここもやはり入館時刻が決まっているのかな。


ということで素通りして、敷地の奥まで行ってみました。
そこには、

03_05

古き良き時代の映画館を模した建物が。

模しているだけでなく、ちゃんとした映画館で、
シーサーラーヤー映画館」(โรงภาพยนตร์ศรีศาลายา)と言います。

月~金17:30、土日13:00, 15:00、祝日13:00に上映してますよ。
上映映画は Thai Film Archive の facebookで告知されています。


で、その前の女性スタッフが歩いているコンクリート張りのところは、
スター広場」(ลานดารา)。

まるでハリウッドのグローマンズ・チャイニーズ・シアターみたいに
タイ映画俳優の手形足型&サインがびっしり!

思わず知っている俳優さんを探しちゃいました(笑)
あ、ありましたよー。

03_06

映画『フェーンチャン』(แฟนฉัน)のノイナー役女優フォーカスさん!
それに上隣は同映画ジアップ役俳優のネックさん!

ほかにも小栗旬主演の『ルパン三世』に出演した
ゴティーさんとか色んな方のがありました。
タイ映画好きの人には堪らないかもしれません ^^


ということでタイ映画博物館をひととおり見たので、
そろそろシメにしますか。

向かったのは、世界初の商業映画が上映された
パリの「Hotel Scribe」。

さっき「Nikelodeon」での映画観賞チケット購入時にも
行ったんですが、1階の

03_07

カフェ「Grand Café & Salon 」へ。
この店名も現在の「Hotel Scribe」内にかつてあって、
世界初の商業映画が上映されたカフェの名にちなんでいます。

月~金は9:00~18:00、土日祝は9:30~18:30の営業。

カウンターで女性にホットアメリカンコーヒー 30バーツを注文。
ついでに小さなケーキ菓子 25バーツも頂きました。

さっきも気になっていたんですが、
ここって2階席があるんですよ。

2階で飲んでもいいですか?

「どうぞ上がってください」

ってことでらせん階段で2階へ。

03_08

2階は狭いんですが、逆に隠れ家的な座席で気に入りました(笑)

ほぉ、カップもお皿も店名が入ったオリジナルじゃないですか。
意気込みを感じますね~。

2階の広場側に窓があったのでちょっと眺めてみました。

03_09

タイにいるとは思えない♪ ^^


のんびりコーヒーを楽しんで満足満足。
タイ映画博物館入口へと戻ります。

入口横の、最初に概要を説明してくれた
女性スタッフが出てきた建物に立ち寄ってみました。

03_10

土産物や映画グッズを販売してるんですね。

03_11

Tシャツも売ってるし~。

03_12

あっ!
さっきのカフェ「Grand Café & Salon Indien」の
カップと皿じゃないですか!!

さすがにカップまでは買えませんでしたが、
スタッフみなさんがとてもいい人達だったので、
お礼も兼ねて安いやつですが一つグッズを購入。

さあ、帰りましょー。


表のプッタモントン・サーイ5通りに出たところ、
なんとちょうど515番バスがやってくるじゃないですか!

バス停じゃないけど停まってくれるかな?
いいや、手を伸ばしてみよう。

あ、停まってくれた!!
スタスタと駆け寄って乗車。

03_13

時刻は、13:23。

始点からすぐなのでガラガラです(笑)
このまま終点まで乗れば戦勝記念塔ですよ~。

そうそう、さっき買ったグッズをここでお披露目しましょう。

03_14

キーホルダーです。

上に「SRIKRUNG SOUND FILM」と。
例の現在のMRTスクンビット駅の場所にかつてあった
タイ初の映画撮影所の名前ですね。

下にはタイ文字で「タイ映画博物館」とあります。


戦勝記念塔には14:17に着きました。

またバンコク滞在中に暇ができたら、515番バスに飛び乗って
気軽に訪れたいですね。カフェでまったりするだけもいいかも。

てな感じで今回の旅もこれにて完結です。
最後までお付き合いいただきありがとうございました!

次は、カンチャナブリー市街の旅をお届けします!


<情報>
Film Archive(Public Organization) (หอภาพยนตร์ไทย)
タイ映画博物館 (พิพิธภัณฑ์ภาพยนตร์ไทย)
場所:グーグルマップ
料金:無料。但し一部有料。
営業時間
 1 ムアン・マーヤー(幻の町):土日祝
 2 図書館:月~金9:00~17:00
 3 映画博物館:土日祝10:00, 11:00, 13:00, 14:00, 15:00の5回
 4 映画館:月~金17:30、土日13:00, 15:00、祝日13:00
 ※変更の場合あり。
 5 カフェ:月~金9:00~18:00、土日祝9:30~18:30

<旅費交通費>
515番バス:23バーツ
ここまでの合計:46バーツ

<参考>
หอภาพยนตร์ไทย "มายาราตรี Night at mayacity"

※旅は2016年11月27日(日)に行いました。

元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)


おわり

タイ映画博物館

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ムアンマーヤー(映画ゆかりの米仏タイ建築物広場) タイ映画博物館[2]

タイ映画博物館(Film Archive)に足を踏み入れてみるとしますか!

02_01

ここには、19世紀末~20世紀初頭の映画にゆかりのある建物を
「映画セット風」に模して建ててあるんだそうですよ。
広場全体で「ムアン・マーヤー」(幻の町)と名付けられています。

国内外で受賞経験のある著名なタイ人映画美術監督さんの
手による設計だとか。


02_02

左手の星条旗が掲げられている建物は、エジソンが発明した
映画の原型キネトスコープの初の上映店を模したもの。

1894年、ニューヨークのブロードウェイにオープンし、
店内には覗き込んで見る機械が並んでいたんだそうで。


正面奥のフランス国旗がはためく建物は、
パリの「Hotel Scribe」。

1895年12月28日に世界初の商業映画が上映された場所なんだそうです。


右手のこちらも星条旗が掲げられている建物は、
ペンシルバニア州ピッツバーグに1905年にオープンした
世界初の常設映画館「Nikelodeon」。


また欧米だけでなく、バンコクの映画黎明期の建築物を
模した建物もありますよ~。

02_03

入口を振り返ると、C56横の建物は駅舎のようですね。
恐らく20世紀初頭、ラマ5~6世期の駅舎がこんな感じなんでしょう。

02_04

この「モンコン・ボーリサット」(มงคลบริษัท)との看板がある建物は、
ラマ5世期にあった王族経営の劇場を模しています。
ここを賃借した欧州人によって、1897年6月10日にタイ初の商業映画が
上映されたんです。


右の白い門は、ラマ5世期にヤワラートのチャルンクルン通り始点にあった
サームヨート門(ประตูสามยอด)を模したもの。
モンコン・ボーリサットは、この門の近くにありました。

なお、タイの映画黎明期にもっとも人気のあった映画館は、
日本人渡辺知頼が日露戦争の記録映画を引っ提げて
1904年に開いた映画館だったんですよ。
当初は同じくサームヨート門近くにありましたが、
翌年タイ初の常設映画館を今のナコーンカセームに設けました。

ってことは、ピッツバーグの世界初の常設映画館と同年じゃないですか…。

02_05

これは、タイ初の映画撮影所シークルン(ศรีกรุง)を模した建物。
オリジナルはイタリア人建築家による設計で1935年築。
なんと現在の地下鉄MRTスクンビット駅の場所にありました。

一時期は映画館としても使われていたんだそうですよ。

で、ここでは狭い意味での「タイ映画博物館」として使用されています。
ただ入館できるのは土日祝10:00, 11:00, 13:00, 14:00, 15:00の
5回という
決まった時間のみ。ガイドに連れられて見学するスタイルです。

タイミングが合わないのと館内撮影禁止のため、
私は今回見学しないことに ^_^;)
でももしかしたら渡辺知頼関係の資料も展示されているかもしれませんね。


…てな感じで、広場の周囲を概観したところで、
C56のところに戻りますか。

02_07

シネマ」駅なんてシャレた駅名板が立っています ^^
池までこしらえてあっていい雰囲気ですよね。

この連結された客車が展示コーナーになっていまして、

02_08

1922~32年に設けられていた国鉄の報道伝播映画隊の業績や
使用機材・フィルムが展示されています。

同隊はTVのまだ無い時代にニュース映画を撮影し、
鉄道網を使って全国を巡り住民相手に上映する役割を担っていたんだとか。

客車後部から外に出ると近くには、

02_09

こんな車が。

薬売りの車なんだそうで。
なんでも昔、薬売りはこの車で地方を行脚してやはり映画を上映し、
そこに集まってきた住民たちに薬を販売していたんだとか。

客集めから映画上映、語りももちろん薬販売も
全て一人でこなす神業。

富山の薬売りのタイ版は、なんというかアイデア賞もんですなー。

そう言えばタイ映画『モンラック・トランジスタ
(มนต์รักทรานซิสเตอร์)、
邦題『わすれな歌』で
後半にそんな薬売りのシーンがありましたね。


車ではなく船でしたが、『モンラック・トランジスタ』トレーラーにも
薬売りの客集めと映画上映の様子がちょこっと登場しますよ。
2:43あたりからです。


さてさて、ピッツバーグの世界初の常設映画館「Nikelodeon」で
11:30に映画の上映があるとのことだったので見てみましょうか。

チケットはパリの「Hotel Scribe」内にあるカフェ
Grand Café & Salon Indien」で販売しているというので
スタッフに案内されて店内へ。
時間までここで待機です。

02_10

当時の映画鑑賞チケットを模してあるんでしょうね。
シャレてます。10バーツ也。安っ!!

「11:30の回はあなただけですよ」

と言われマジかよとドキドキしていたら、
家族連れ3人が直前になって来てくれて一安心。

02_11

時刻になったので「Nikelodeon」に移動。
入口に「5¢」との看板が。当時の映画チケット代だそうで。

02_12

階段で地下へ下りると、

02_13

ここが上映室かー。

02_14

味のある映写機をスタッフが操って上映開始です。

まずタイで撮影された最初の映画とされるものが上映されました。
「ラマ5世が映っているのでよく見てください」と言われたものの
よくわかりませんでした ^_^;)

そんな感じで白黒の無声映画を上映しながら
スタッフがタイ語で解説してくれます。


次は世界初の映画とされるフランスの作品。
第一回目の商業上映でお金を払って見た客は33人だったんだそうで。

その33人の中にいたマジシャンが映画に魅せられ、
自ら映画を製作し商業上映して大成功。
しかし第一次世界大戦終結とともに広がった厭世的な風潮とともに
映画人気が去ったため、彼は映画フィルムを溶かして靴底の原料として
売るしかなく、その後失意の中、おもちゃ屋に転身した…

というドキュメント映画を続けて上映してくれました。


なかなか興味深くて勉強になったぞ。
これが10バーツだなんてお得すぎる!

しかも前回も言いましたが、スタッフが皆笑顔で気持ちがいいんですよ。
一人でも十分楽しめます!


30分弱で上映が終わった頃にはちょうどランチの時間。
どこか食べるところはあるかな?



<情報>
Film Archive(Public Organization) (หอภาพยนตร์ไทย)
タイ映画博物館 (พิพิธภัณฑ์ภาพยนตร์ไทย)
場所:グーグルマップ
料金:無料。但し一部有料。
営業時間
 1 ムアン・マーヤー(幻の町):土日祝
 2 図書館:月~金9:00~17:00
 3 映画博物館:土日祝10:00, 11:00, 13:00, 14:00, 15:00の5回
 4 映画館:月~金17:30、土日13:00, 15:00、祝日13:00
 ※変更の場合あり。

<旅費交通費>
見学しただけなので:0バーツ
ここまでの合計:23バーツ

<参考>
『日・タイ交流600年史』,石井米雄・吉川利治,講談社,1987年
หอภาพยนตร์ไทย "วันสำคัญทางภาพยนตร์"
หอภาพยนตร์ไทย "มายาราตรี Night at mayacity"
slideshare.net "หอภาพยนตร์ไทย"
Hall of Fame Records "หนังยุคแรกของไทย ที่มาของ หนังเร่"

※旅は2016年11月27日(日)に行いました。



元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)


つづく

タイ映画博物館

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蒸気機関車C56がここにも! タイ映画博物館[1]

前々から行きたいと思っていた「タイ映画博物館」に
昨年2016年11月27日(日)、ようやく訪れる機会を得ました!

場所はバンコクの西のはずれ。ナコンパトム県に入ったところです。

まずは戦勝記念塔からバスに乗りますよ~。

01_01

ラーチャウィティー側」から戦勝記念塔始発の
515番エアコンバスに乗車。

何度も利用したことのある路線なので安心して飛び乗ります。

時刻は、10:10。

Mr.オクレ似の車掌さんに、タイ映画博物館に行くにはどこで
降りればいいか尋ねたところ、

「スッ・サーイ」(終点)

との返事。

運賃は23バーツでした。

01_02

クルントン橋でチャオプラヤー川を渡ります。

手持ち無沙汰なので、

01_03

座席背面に貼られていたバス車内無料WiFi利用手順を見ながら、
WiFiに繋いでネットをして暇つぶし(笑)

南バスターミナルに寄ったのは10:36。
ここまで大した渋滞にも捕まらず順調ですね。

ジャンクションからプッタモントン・サーイ4通りに入ると、
左手にマヒドン大学サーラーヤー・キャンパスの広大な敷地が
見えました。

奥を左折して国鉄南線に沿った道をまっすぐ西へと進みます。
この頃には乗客はほんの数人に。

さらに途中のバス停で残りも下車して、とうとう私だけに~。
終点ってどのあたりなんだろう?
不安になって車掌さんのほうを向くと、「まだだよ」と。
覚えていてくれたんですね ^_^;)

左折してプッタモントン・サーイ5通りを南下し始めたところで、
「タイ映画博物館はここだよ。道を渡った反対側だ」と車掌さん。
親切にありがとうございます!

01_04

時刻は、11:04。
戦勝記念塔からなんと1時間弱で着いちゃいましたよ。
日曜日だからでしょうね。

01_05

反対側ということはあそこか。

と、道を突っ切ろうと数歩進んだところで、
中央にある緑地帯が深い溝になっていて容易に
越えられなさそうなことが判明。

しかたないな。歩道橋で渡るか。
えーと、歩道橋はどこだ?と左手を向くと、

01_06

はるか彼方じゃないか!!
車掌さん、こんなところで降ろさないでくれよーー!!

日差しを遮るものが何にもない中、
汗をかきながらようやく歩道橋に辿り着きました。

01_07

あぢー。

歩道橋を渡りつつ南側を眺めると、

01_08

先の方にオレンジ色のバスが2台停まっているのが見えますか?
どうやらあそこが515番バスの始点のようですね。

ちなみに右手の敷地はラチャマンガラ工科大学ラタナコーシン校です。

歩道橋を下りて北へと戻るかたちで歩き、
ようやく入口に到着しました。

時刻は、11:13。

01_09

タイ映画博物館です。
タイ語では「ピピッタパン・パーパヨンタイ」(พิพิธภัณฑ์ภาพยนตร์ไทย)。

場所はここ(グーグルマップ)。

正確には「ホー・パーパヨンタイ」(หอภาพยนตร์ไทย)、
英語で「Film Archive (Public Organization)」という、
映画保存が役割の日本で言う独立行政法人のような組織の施設なんです。

なので訳せば「独立行政法人タイ映画保存館」ですかね?

その中の1施設としてタイ映画博物館があるんですが、
全体をタイ映画博物館と呼んだほうが分かりやすいので
ここではそうさせていただきます ^^

ところで、ここに来た最大の目的が、
既に見えてますよ!

01_10

C56 47号機!!

言わずと知れた日本製蒸気機関車です。

1936年の三菱重工業製。1941年11~12月に日本軍に供出され、
タイ・ビルマに運ばれた90両のC56のうちの1両です。
太平洋戦争中に泰緬鉄道などで使用されていたんでしょうね。

01_11

前方デッキ部にはブロンズ像が乗ってますよ。

説明によると、このカメラを構えた人物は、
カンペーンペットアッカラヨーティン親王

ラマ5世の第35子で、タイ国鉄総裁を1917~26年の間務めた人物です。
国鉄の近代化と路線延伸を進め、「タイ国鉄の父」と呼ばれているんだとか。

またタイ初のラジオ局を開設したことから「タイ・ラジオの父」でもあり、
テレビ放送もアジア初を目指して進めていたものの、立憲革命でとん挫。

きっと映画にも関わっていらしたことから、像が置かれたんでしょうね。

01_12

ここはちょっとした映画の歴史のテーマパークっぽくなっているようで。
入ろうとすると、左の建物からおもむろに若い女性スタッフが出てきました。

入場料無料であることや、どんな施設があるのかを説明してくれた上で、
映画上映や博物館の解説の時刻は何時からなのでまずはどこそこから
見学なさるといいと思いますよと、終始笑顔で親切に解説してくれました。

タイのミュージアムってわりと事務的対応なところばかりなのに、
民間のテーマパークのスタッフのようなスマイル満点のホスピタリティに
しょっぱなから「ここは他と違うんだ」という意気込みを感じとりました。

よし、期待しながら入ってみましょう!


<情報>
Film Archive(Public Organization) (หอภาพยนตร์ไทย)
タイ映画博物館 (พิพิธภัณฑ์ภาพยนตร์ไทย)
場所:グーグルマップ
料金:無料。但し一部有料。
営業時間
 1 ムアン・マーヤー(幻の町):土日祝
 2 図書館:月~金9:00~17:00
 3 映画博物館:土日祝10:00, 11:00, 13:00, 14:00, 15:00の5回
 4 映画館:月~金17:30、土日13:00, 15:00、祝日13:00
 ※変更の場合あり。

<旅費交通費>
515番バス:23バーツ
ここまでの合計:23バーツ

<参考>
ウィキペディア『国鉄C56形蒸気機関車』
การรถไฟแห่งประเทศไทย "การรถไฟฯจัดงานวันบุรฉัตร ๑๔ กันยายน"
Wikipedia "พระเจ้าบรมวงศ์เธอ พระองค์เจ้าบุรฉัตรไชยากร กรมพระกำแพงเพชรอัครโยธิน"

※旅は2016年11月27日(日)に行いました。



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つづく

タイ映画博物館

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ラーチャブリー県柱廟 ラーチャブリーと水瓶の旅[最終回]

ラマ2世期に築かれたラーチャブリー城壁をこの目で見られて
満足した私は、城門を通った道をさらに北へと歩いて行きます。

09_01

奥に見えてきましたよ。
さらに歩くと、

09_02

ラーチャブリー県柱廟です。

県柱ラックムアン)とは、かつてムアン(大抵が城壁で囲まれた町)を
新たに建設する際、まずその中心や縁起の良い場所に建てた柱のことです。

バラモン教の影響ですが、家を建てる時にまず柱を建てることに倣った
風習のようですね。

ここの県柱は、ラマ2世がラーチャブリーの町を対岸から移転させた際の
1817年に建てられました。それから城壁や町を整備したのだそうで。


かつてのムアンが現在では各県の中心部になっていることが多いことから
「県柱」と訳しましたが、県になれず他の県に組み込まれたムアンにも
ラックムアンが残っているところがあります。
そのため例えばプーケット県には4つもラックムアンがあったり。

09_03

軍の敷地内なので商業施設はお供え物の売店以外皆無にもかかわらず
人がひっきりなしにやって来ます。それだけご利益があって
信仰されている
存在ということなんですね。

内部を覗きましょう。

09_04

県柱(ラックムアン)が金箔をびっしり貼られた姿で
建っています。

県柱というと、柱の下に人柱が埋まっているという話を聞きますよね。
確かにいくつかの県の県柱にはそのような伝承が言い伝えられています。

バンコク都のラックムアンにも4人の男性が生き埋めにされたという話を
聞いたことのある方も多いかもしれませんね。

バンコクはラマ1世期(1782年)とラマ4世期(1852年)の
2本のラックムアンがあり、いずれの際も儀式の詳細な手順を記した文書が
残されていますが、そこには四方から集めた石と護符石版を穴に入れてから
柱を建てたとしか記述がないんです。

他の県のものも人を埋めた公式記録が残っているところはありません。
プーケット県史に妊婦を埋めたとの伝承が記載されてはいますが。
単なる言い伝えだけであってほしいものですね ^_^;)


そもそもラックムアンを建てる風習はいつからタイにあったんでしょう?
ちょこっと調べてみました。

13世紀のスコータイ朝時代から続く風習との記述を見かけます。
でもバラモン教自体は当時すでに伝わっていたものの、
ラックムアンに関しては書物でも物的な面でも明確な証拠はないようです。


国内最古とされているペッチャブーン県のラックムアンは、石碑。

1021年にクメール文字で記されたサンスクリット語の
「シヴァ神を讃える内容」と、
1516年にクメール文字で記された
タイ・パーリ・クメール語の「仏教に関する内容」
という2つの時代に
文字が刻まれているのですが、元々は県内のお寺に建っていたもの。
それを1900年に移設してラックムアンとしたんです。


じゃあスコータイ県のラックムアンは?

かのスコータイ遺跡の中にあるんですが、ラマ6世期1907年の遺跡調査で
四方の柱に囲まれた遺跡中心の穴から不鮮明な模様が書かれた石版を発見。
ゆえにここにスコータイのラックムアンがあったと推定されたことから
現在、スコータイ県のラックムアンになっています。


うーん、それじゃアユタヤ県のラックムアンはどうだ!?

アユタヤ王朝年代記には初代王ラーマティボディー1世が1350年に
アユタヤを
建設したと記されていますが、ラックムアンを建てた
具体的な記述はありません。


1767年にビルマの攻撃で陥落後ずっとアユタヤにラックムアンは無し。
1982年になってラタナコーシン朝創始200年記念行事として
現在のラックムアンが建てられたのです。


ここまで見た限りでは、現チャックリー朝(ラタナコーシン朝)が始まった
18世紀後半以降に建てられたものばかりなんですよ。
でも全ての県のラックムアンを調べたわけではないですし、
証拠がないだけでスコータイ朝時代から本当にラックムアンの風習が
あったのかもしれませんよね。


さてさて、そんなラックムアンの参拝を済ませたので、
また対岸に戻りましょう~。

09_05

近くには軍の詰所が。
สห というのは「憲兵」の略称。
おぉ、なんだか怖いのでさっさと去ることにします ^_^;)

西側に出て国鉄線路に沿った道をメークローン川へ向けて歩いていると、
左手に

09_06

わかりますでしょうか?
新しい壁の裏側にぴったり張り付いてレンガの壁が続いているのが。

これ、さっき見た城壁の続きなんです。
で、ここで終わっています。西端ってことですね。

この先はというと、

09_07

道を挟んだ向かいに国鉄南線の盛り土が。
今見た城壁は南側城壁で、西側城壁はあの盛り土の場所にあったのでは?
ラマ5世期の国鉄線路建設で取り壊されたんだと思います。

09_08

で、そのラマ5世のお名前が冠されたチュラロンコン橋を再び渡り対岸へ。
見どころは見尽くしたので帰ることにしまーす。

最初の歩道橋を渡ったその下にバンコク行きロッ・トゥー乗り場が
あるんです。他にメークローン川沿いのラーチャブリー国立博物館近くにも
ありますが、こっちの業者が私は一番好き。

09_09

お姉さんからチケットを購入して待ちます。
すると何分と経たずに

09_10

ロッ・トゥーが現れました。
なんとラッキーな!

時刻は、13:12。

車内で爆睡しているうちに1時間ほどでバンコクの南バスターミナル前を
高架道路で通過。でも2016年10月25日から乗り場が強制移転になった今、
このロッ・トゥー路線も南バスターミナルが終点なんでしょうけど…。

この時はまだ移転前だったので、

09_11

戦勝記念塔近くのセンチュリーに戻ってきました。
時刻は、15:14。

これにて今回の旅も完結です。

水瓶ケーキ(ケーク・オーン)を食べることが目的だった今回の旅ですが、
歩いて見聞きしているうちに予想外にディープな旅になっていました(笑)
最後までお付き合いいただきありがとうございました!

次回は、バンコクの西はずれにあるミュージアムを
訪ねる旅をお届けします!




<旅費交通費>
ロッ・トゥー:100バーツ
ここまでの合計:210バーツ

<参考>
『タイ事典 』,日本タイ学会,めこん,2009年
เที่ยวราชบุรี.com "ศาลเจ้าพ่อหลักเมืองราชบุรี"
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※旅は2016年5月28日(土)に行いました。

元記事(楽天ブログ タイとタイ語に魅せられて)


おわり

県柱廟

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ラーチャブリー城壁! ラーチャブリーと水瓶の旅[8]

アーティー・コーピー」を後にしました。
時刻は、12:24。
ラーチャブリーに着いてから4時間近く経っています。

さあ、今度こそラーチャブリー城壁へと向かうぞ!

まず向かったのは、またしてもメークローン川渡し船の船着場。

08_01

対岸にいた船が私に気付くと向かってきてくれました。
ありがとうございます~。

でも船を往復させて稼ぎはたった5バーツってことですか。
きっと陸軍から補助金が出てるんでしょうね。
そうじゃないとやってられないと思います ^_^;)

08_02

対岸の陸軍工兵局パーヌランシー基地内船着場に到着。
階段を上がって、川沿いの道を東へと歩きます。

人っ子一人いませーん。

で門を出て振り返ってみると、

08_03

詰所に警備兵の姿がないぞ。
陸軍基地がそんなにユルくていいのか?(笑)

ちなみに正門はこの右手の方にあります。

そのまま真っ直ぐ歩いて

08_04

チュラロンコン橋の下をくぐります。
どうやらあちら側も基地の敷地内ってことみたいです。

ちょっと先の左手に

08_05

工兵博物館なる施設が現れました。
が、今日は休館日のようです。

裏手の四つ角にある詰所で警備兵のおじさんに尋ねると、
外から見る分にはいいとのこと。

では裏側から柵越しに軽く眺めてみますか。

08_06

屋外には工兵局が使用した様々な重機が展示されてました。
ブルドーザーにショベルカー、モーターグレーダー、クレーン車とか
そういった工事用車両のようですね。

建物内には工兵局の歴史や業務、国民への支援の様子、
歴代重要人物の略歴などが展示されているみたいです。

ちなみに工兵博物館は1969年設立、
手狭になって現在のかたちに拡張されたのが1984年とか。

で、屋外展示はここ以外に路地を挟んだ北側にもあって、
そこにはなんと

08_07

蒸気機関車と客車が展示されてました。

工兵局との関係性やいかに?
と思ったら、やはりそう首をかしげる見学者がいるのか、
案内板に説明が書かれています。

工兵局はラマ5世の時代から国鉄路線の建設にトンネルを掘ったり、
線路を敷設したりと従事していたんだそうで。

08_08

蒸気機関車は1918~24年の間にイギリスの
Weak Poor & Beyer Peacock社で
製造された車両で、
オランダが蘭領東印度(現インドネシア)で使用していたのを

太平洋戦争時に日本軍が接収してタイへ運び使用していたものだとか。

感慨深いものがありますなー。

としみじみ眺めていて何気なく奥へと視線を移したら、
あ、あれは!!

思わず小走りに近づきます。

08_09

あったーーーー!
ラーチャブリー城壁だ!!

修復が多少されているみたいですけど、
歴史を感じさせる痛み具合がいい感じで素晴らしい!

先ほど訪れたラーチャブリー国立博物館のパネル展示によると、
ラーチャブリーの町は元々メークローン川のさっきいた側にあったのを
ラマ2世(在位1809~1824年)年が戦略上好ましくないとの理由で
こちら側に移転させたのだそうです。

とは言っても200×800mの敷地という狭さ。
この城壁は、その当時に築かれたもの。

その後、海を渡ってきた華僑らがメークローン川対岸に住みつき、
商売を始め賑わうようになったため、再度あちら側に町が移って
現在のラーチャブリーになったというワケです。

つまりコイキー市場が町を向こう岸に引き戻したってことですか ^^

町がもぬけの殻となったお陰で、町の発展の中で破壊された
他の町の城壁と違い、ラーチャブリー城壁は残ることができたんですね。
軍の基地が置かれたことも幸いしたんでしょう。

城壁がどこまで続いているのか東へ辿ってみることにします。
隣の敷地には軍の独身寮らしきアパートが建設中だか改修中だかで
ごちゃごちゃしています。その裏にも続いてますね。

寮の敷地の東端まで来ました。

08_10

お、ここで城壁が終わってる!

この右側にはフェンスがあってその向こうには細い運河があります。

しかし今にも崩れ落ちそうな荒廃っぷりだな。
足元にも

08_11

城壁のものと思われるレンガがゴロゴロと。
こっちの辺りも修復してくださいな!


今度は蒸気機関車のあったところから西側へと辿ってみます。
隣のテニスコートが終わると縦に道が通っています。
その道を北へと歩くと、

08_12

ん、城門?

通って振り向いてみると、

08_13

確かに城門だ!

でも傷み具合の違いなどから見て、
城門は後世に作り直されたものっぽいですね。

これじゃ門の役割を果たしていないし。

実はラーチャブリー国立博物館のパネルには、
ちゃんと扉のある城門の写真があったんですよ。

最近改修されてこの姿に変えられちゃったのか、
はたまたまだ他に城門が残っているのか。
いつかもう一度調べにくる必要がありそうですなー。


<旅費交通費>
渡し船:5バーツ
ここまでの合計:110バーツ

※旅は2016年5月28日(土)に行いました。

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つづく

城壁

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